P3P 〜異邦人の願い〜

□壁
2ページ/6ページ

 どう答えれば最適なのか分からず、ただ俯く。そんな夏帆に、店主は何を思ったのか、眉間に指を当てて大きく息を吐いた。

「はぁー……。まさか、本当に隠し事があるなんてね……」
「なっ、姐さん、カマかけましたね!?」

 思わずベッドから身を乗り出してずり落ちかける。ここは“隠し事は無い”と答えるべきだったか、と夏帆は内心で頭を抱えた。

(けど……姐さんは、結構勘が鋭い。隠し通すのも、ここいらが限界なのか?)

 これまで生活してきた中での経験が、そう物語っている。物語の核心は省きつつ、話すしかなさそうだ。
 そう結論づけた夏帆は口を開こうとしたが、

「――っ?」
「構わないさ、話したくないなら。私も無理に聞き出すつもりはなかったしね」

 開きかけた口が、中途半端に止まる。店主の指が、そっと唇に触れていたからだ。目だけを動かして店主を見れば、彼女は小さく首を振った。
 桐条に関わった者として気になっただけだから、と。そう話を締めくくり、店主は家族をベッドに横たわらせる。
 その気遣いに何も言う事が出来ず、夏帆は気まずさを感じながらも口を閉ざしてしまう。

「さて、と。そろそろ、朝ご飯が来るね。私は、店に戻るよ」
「あっ、姐さん。……ありがとうです」

 腰を上げた店主は、眼鏡を掛けて病室の扉前で立ち止まった。てっきり、そのまま出て行くかと思っていた夏帆は、疑問符を浮かべる。

「……本来なら、私は夏帆を止めるべき側だったのにね」
「姐さん、なんか言いました?」
「いいや。ちゃんと養生するんだよ」

 呟かれた言葉の内容を聞き取れなかったらしい夏帆に釘を差し、店主は振り向く事なく病室を後にした。

 *

 桐条グループ。それが、かって店主の所属していた組織名だ。今や世界にその名を知られる大企業ではある。しかし、実態はかなり複雑だ。
 はっきり明暗のついた事業内容。表向きは比較的安全な国際事業を展開しているが、裏向きはそうとは言えなかった。
 その代表的な事業が“表層人格抽出計画”。いわゆる、ペルソナ研究の最初期段階の計画名。

(まだ私のIDが使えたとはね……。にしても、出てくる出てくる。前総帥は、相当未知の力にご熱心だったみたいじゃないか)

 家族である異世界の少女が病院に搬送されたと聞いた時、店主は朝一番で病院へ車を走らせた。
 彼女に目立った外傷は無い、昏睡状態にあるだけ。仲間の少女達から事情を聞いた店主は、ひとまず安堵した。
 その日は1日夏帆に付き添い、そして帰宅と同時にある作業に取り掛かった。
 ペルソナに関してなら、店主は研究の第一人者と言っても過言ではない。そもそも桐条グループにおいて、ペルソナを発見したのは彼女なのだ。

(美鶴お嬢様の『ペンテシレア』……幼年期より成長していた。ペルソナは、宿主の身体的成長に合わせて成長する……?)

 開店準備の整っていない店内のカウンターで、一心不乱にノートパソコンのキーを打ち続ける。
 桐条の研究員にしか分からない暗号化されたファイルのロックを難なく解く店主の表情は、いつになく険しい。

「……あった」

 店主は、出来るなら夏帆を元の故郷に返してやりたいと思っていた。少女を保護して事情を聞いた時から、自分の中にはある仮説が誕生している。
 キーを叩く速度が、一気に倍になる。このデータは早急に写さなければならなかった。
 そして数分後、データを写し終えたUSBメモリをパソコンから引き抜き、ポケットにしまう。

「恐らく、手はある。安心しなよ、夏帆」

 時刻は23時55分。影時間までに済ませたかった事を終わらせて、店主は寝室へと向かっていった。

 *

「あんたってバカじゃないの、バカじゃないの、バカじゃないの、て言うかバッカじゃないの!?」
「ゆ、ゆかり落ち着いて……」
「神路、岳羽の好きにさせてやれ。こいつにはちょうどいいだろうさ」
「さ、真田サン、割とドライっすね」

 1ヶ月振りに目を覚ました夏帆を待っていたのは、ゆかりのマシンガン説教だった。
 ベッドに正座させられ、止める気のなさそうな順平を恨めしく思う。桜を見習えと言いたいが、口に出せば間違いなく説教が3倍の長さになる。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ