P3P 〜異邦人の願い〜

□勧誘と苦言
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「――へぇ、そんな事になったのかい」
「なったのかい……って、アレは姐さんの作戦じゃなかったんですか?」

 帰宅後、私服に着替えた夏帆は真っ直ぐに店主の自宅へ向かった。話の内容は当然、昼間の美鶴との会話。
 店の準備を手伝い、一度休憩を入れる事になったので話したのだ。すると返ってきた予想外の反応に夏帆は目を丸くした。てっきり“シャドウに襲われて”の下りはこの保護者が考えた策だと思っていたが、そうではないのか。

「なら、誰なんですか?」
「私はあんたを見つけた時、あんたが目を覚ます前に1回黒沢って警官に相談してたんだよ。この子を預かって貰えないかって」
「…………マジすか?」
「ああ、マジだよ。そしたら、わざわざあいつは総帥に何を言ったのやら。話が二転三転して、最終的に私が預かるって方向で落ち着いたんだ」

 多分その時に記憶喪失設定が付加されたんだろ、と店主は煙草を蒸かしながら頭を掻いた。

「んで結局、私は後にそれを聞かされてね。夏帆の境遇を考慮したら、それが1番良いだろうって結論に至って先日の話になったって訳さ」
「つまり、その……。総帥さんに話を通したのは……」
「学園生活に関しては私。衣食住云々は黒沢だね。暇な時にでも黒沢に挨拶しといで。少しは慣れただろ?」
「は、はい。そうします」

(黒沢さんに頭上がんないじゃんか!)

 まさか他にも協力者がいたとは。思いもよらない事態に驚き、ぺこぺこと見えもしない交番の方角へ頭を下げる。延々頭を下げる夏帆を見て、店主は何か思い出したように手を打った。

「夏帆、頭は大丈夫なのかい? 昨日は瘤が凄かったろ」
「ひとまず、昨日よりは痛みが引いているので我慢できない程じゃないんです。問題は……」

 一旦言葉を区切り、夏帆はニット帽と包帯を外す。断りを入れた店主が怪我をした部位に軽く触れると、夏帆は傷が痛むのか、ギャゥと悲鳴を上げて肩を跳ね上がらせた。

「でも良かった。話を聞いた時はもっと重傷かと思ったんだよ」
「あはは……悲鳴はスルーですか。けど、不幸中の幸いッスね。内出血とかしてないですか?」
「あんたね、それは今朝の登校前に気にする事だ。言うのが遅いよ」
「ぅぐ……、仰るとおりで」

 背後からの正論に、夏帆は反論の余地もなく、ぐうの音も出ない。黙った夏帆を気にせず、店主は湿布を交換して新しい包帯を頭部に手際良く巻いていく。

 ――ピンポーン。

「姐さん、誰か来たみたいですよ?」
「はいよ。夏帆、ちょっと待ってるんだよ」

 ぽんぽん、とまるで犬を宥めるように頭を撫でられた。初めて会った時より分かり易く過保護になっている。

「うちはワンコじゃないですよー」

 既に玄関へ消えた店主に一言残し、夏帆は不貞寝する為にソファへごろりと横になった。

 *

 それから何日か過ぎたある夜、夏帆は私服から制服に着替えてある場所に向かっていた。今では夜の街を歩く事にも慣れ、足が止まることはない。

「……ここだっけ」

 呼吸を整えてから、がちゃりと目的の扉を開ける。玄関の先に広がるラウンジでは、1人の少女が自分を待っていた。

「あ、やっと来た! みんな待ってるよ」
「ごめんね、遅れて。けど、何の話なのかな?」

 巖戸台分寮。ここに呼び出された理由は百も承知。夏帆は首を小さく傾げて、自分を待っていた少女――岳羽ゆかりに問う。ゆかりは上で話すから分かるよ、て階段を指差した。
 彼女はとにかく来い、と言わんばかりに夏帆の手を掴み、上の階へ続く階段を上っていく。
 初めて入ったS.E.E.Sの本拠地……と言うのも大袈裟かもしれないが、ゲームのグラフィックより精巧に造られた内装に夏帆の口から時折へー、ほー、なるほどなー、と言った感嘆の声が洩れる。

「そんなに驚くほどじゃないよ?」
「いやいや、びっくりするからね。壁の模様とかなにコレ、ペルシャ絨毯?」

(まさかここまで金をかけるとは……!)

「……げに恐ろしきかな、桐条の経済力」
「高野さん、着いたよ」

 興味津々で内装を見回している内に、目的の部屋へ着いたようだ。夏帆の前には両開きの扉があり、ゆかりはノックすると躊躇いなく扉を開けた。こうなれば後は自分で蒔いた種だ、自分でどうにかしなければならない。
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