P3P 〜異邦人の願い〜

□極限状態
1ページ/5ページ

 ――トン、トン。靴を履いた爪先を地面に軽く打ちつけ、夏帆は具合を確かめてから大きく伸びをした。
 自室の扉をくぐり、施錠を確認する。人気の無くなった玄関を進んで外に出て腕時計で時間を確認すれば、もうすぐ夜の帳が異質なものへ変貌を遂げる事を針は指し示していた。

「初タルタロス。“召喚慣れしてもらう”なんて言われても……」

 な? と、夏帆は隣を浮遊する半身に同意を求める。だが、毎度のようにスルーされる。
 そもそもの発端は、今日の学校の昼休みまで遡る。
 桜達と連れ立って屋上で昼食をとっていた時、ゆかりが神妙な顔で“昨日の件及びと昨日までの話は他言無用と”口止めをしてきた。それには二つ返事で承諾した。
 すると、そこで今度は、桜からタルタロス探索の誘いをかけられたのだった。

――桐条先輩がね、今日から『タルタロス』っていう場所を探索したいらしいの。
――ふごふご……んぐ。タルタルソース? 掛けるとしたらエビフライだね。
――夏帆ッチ、ソレわざと? わざとだよな?

 一発ギャグでボケてみたものの、不評だったのか、馬鹿騒ぎ担当の順平にまでつっこまれる。夏帆は口の周りをハンカチで拭き、彼の呆れた視線から逃げるように目を逸らした。

――こほん……タルタロスって、確かギリシャ神話における“冥府に続く孔”を指してるけど…ネーミングはそこから?
――私もそこまでは……。ゆかりは?
――ううん、全っ然知らない。ついでに桜、話がずれてるってば。
――それもそうだね。話を戻すと、先輩達と幾月さんが“夏帆の力も見たい”って言ってたんだ。
――へぇ、そうなんだ。……ちっ、あのボケ眼鏡、余計な事を……。

 表舞台に引きずり出される展開につい苛立ってしまう。無意識に舌打ちした己の狭量さを自覚して、再度密かに舌を鳴らした。
 ふと何かを感じて顔を上げると、不思議そうにこちらを見る桜と目が合う。自然と顔をしかめていた事に気が付き、素が出掛かったか、と慌てて姿勢を正した。

――どうかしたの? 体調悪い?
――なんでもない! 気にしないでいいよ!
――んでさ、結局夏帆ッチはタルタロス参加すんのか?
――うーん、どうかなぁ。みんなが行く時は極力付いてく……けど……。

 返答は次第に尻すぼみになり、とうとう夏帆は桜達を直視出来ずに背中を見せた。
 急に膝を抱えてじめじめとしたオーラを纏い始めた仲間に、3人は揃って同じ事を考える。

“――夏帆(ッチ)ってよく分からない。”

 友好的な面を見たと思えば、突然他人を遠ざけるような行動をする。百面相ではないが、よく観察すれば割と表情豊かである事が窺えた。
 3人の視線に気付く事なく、夏帆は眉間を指でぐりぐりと押している。ほんの少し尖った唇からは、あ゛ー、えぅー、という唸りが聞こえてきていた。
 その後は特に目立った会話もなく、普通に授業をこなし、下校して今に至る。

「悩んでもしゃあないか……。危なくなったら、あいつらの首根っこ引っ掴んで逃げる方向で」

 集合場所として指定された寮の前で、肩を回して凝りをほぐす。桜からは、とにかく来てくれればいいと言われたが、いくつかの不安要素がある。
 まず、タルタロスでの召喚。召喚器を使用しての召喚は、今回が初めてとなる。
 次に、プレイヤー視点での探索でない事。つまり視点の問題。サポートが入るとは言え、迷い続ければあまりにも危険。
 最後に、何が起こるか不明な点は影時間だけでなく、タルタロスも同様だ。加えてタルタロスは、日ごとに内部構造を変化させる不規則な造りの迷宮。
 しかし“知識通り”なら、今日は1階の探索のみ。慎重に行けば問題なく終わる筈だ。
 そこまで考えていると、指定された時間より早く到着した。やる事もないので、ぼんやりと無人の街を眺めて暇を潰す。
 他の建物から流れ出る赤い液体は何なのか、と意味の無い考察をしているうちに、寮の扉が開く音がした。

「玄関で待たなくても、入ってよかったんだぞ?」
「いえいえ、そういうのは無しですよ。桐条先輩」

 制服姿の美鶴に続き、 S.E.E.Sのメンバーが揃って姿を見せる。全員が武器を所持しており、人に見られれば一発でアウトな危険集団に見えなくもない。

「これまた、皆さんファンタジーな事で……。結構危ない集団っぽいよ?」
「他人事じゃないぞ。高野の武器もあるんだからな」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ