□不動監督
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不動明王がレジスタンスを起こそうとしている。

私がその事を知ったのはつい昨日のことだ。円堂くん夫婦や風丸くん、秋ちゃんたちと気持ちよくお酒を飲んでいたときのこと。そういえば、と口に出したのは誰だったか。

「不動は上手くやっているのか?」
「え?何を?」
「何をって、知らないのか?」

そう言って、皆は顔を見合わせては、怪訝な顔をしてヒソヒソと話している。同じテーブルにいるのだから丸聞こえだということに気が付かないのだろうか。

「ねぇ、もしかして不動くん」
「あぁ、言ってないみたいだな」
「急な話だったもの」
「それでもなにも言わないっていうのは…」
「案外言った気でいるのかもしれないぞ」

一体なんだというのだ。私だけ蚊帳の外ではないか。少しイラついて、まだ二口三口しか口をつけていなかったカシスソーダを一気に流し込む。置くときにちょっと派手な音が鳴ったが気にしない。割れなきゃいいのよ、割れなきゃ。

「な、ななし?」
「一からキチンと、教えてくれる?」

その日一番の笑みを見せたというのに、皆してひきつった顔をするのがちょっと笑えた。般若?そんなの背負ってないわよ、失礼しちゃうわ。



そして今。私は大量の荷物を抱えて、円堂くん達から聞き出した…聞いたグラウンドへとやってきている。

「おーおー、やってるやってる」

丁度今はランニングの時間らしく、同じユニフォームに身を包んだ少年たちが汗水たらして走っている。コースにはなにやら障害物もあり、ただのランニングではないことは一目瞭然だった。

「タイム遅れてるぞ!10週追加だ!」

ピッと鳴った笛の後に、力強い声が聞こえた。少年たちは「はい!」と返事をしてひたすらに走っている。あぁ、ほんとだったんだなぁとベンチに偉そうに腰かけてる明王の後頭部を見て思った。そんな暑そうなかっこして、熱中症にならないといいけど。

少年たちを見ている明王の顔が、10年前とダブった。そういえば昔もベンチに座ってあんな顔してフィールドを睨んでいたっけ。なんだか、少し遠い存在に思えてしまうのはフェンス越しだからなんだろうか。

昔を思い出してる間に、ランニングは終わったらしい。集合した少年たちに何やら指示を出している。解散したかと思うとそれぞれクールダウンをとり始めたから、休憩のようだった。いいタイミングで来たな、さすが私。

荷物を抱えてグラウンドに入ると、すぐさま少年たちの視線が私に向いた。中には睨んでくる子もいる。そんな子には飛びっきりの笑顔をプレゼントしておいた。

すると近くにいた紫色の髪の毛のをした男の子がクスリと笑った。あら、この子の声ちょっと明王に似てる。仕草がちょっとナルシストっぽいけど。

「そんなに面白かったかしら?」
「ええ、アイツのあんな顔始めてみましたよ」
「そう、それはよかったわね」
「ところでお姉さんは何しに来たんですか?」
「見てわからない?」

私ったらそんなに怪しい人間に見えるのだろうか。少なくともこの子たちの監督よりは愛想のいいつもりなんだけれど。持ってきた荷物をアピールするように少し持ち上げる。それを見た彼はニヤリと笑った。




少年たちは相当飢えていたらしい。まるで神から与えられたご褒美とでもいうかのように私の持ってきた差し入れに群がっている。そんなに大したものではないし、たくさん持ってきたのだから足りないなんてことはないと思うのだが。

「おい」
「なぁに」
「俺の分は」
「ない」

肩にまわされた手をピシャリと叩く。しかしあまり効かなかったようだ。隣に腰掛けている明王はご機嫌とりのつもりなんだろうか、教え子たちの前だというのに異様にくっついてくる。暑いんだからやめてほしい。

「久し振りに会うのにつれないねぇ」
「何も連絡よこさなかったくせによく言えるわねそんなこと」
「怒ってんの?」
「激おこぷんぷん丸」
「悪かったって」

本当に悪いと思ってるんだろうか。大事なことを言わないことが格好いいとでも思っているなら、すぐさま鉄拳制裁を食らわしてやる。そんなこと思ってた矢先だ。

「ななし」

名前を呼ばれて、明王に頬を包まれる。あっまずい、と思った時にはもう遅かった。防ごうとした手はいつの間にか絡めとられていて。世界が明王で一杯になった。見られたらどうするのこのバカ。

「続きはお前の家でな」

すぐに離れた明王はそう言って私の頭をワシャワシャと撫でる。続きって、一体どっちの続きなのかしら。立ち上がった明王は伸びをして、練習再開の笛をならした。幸い、少年たちは差し入れに夢中でこちらには気付いていなかったようなのでホッとした。

さっきとは別メニューをこなしている彼らを見ながら、鞄からメモを一枚取り出す。それをさっきまで明王が座っていた場所に置いて、重石がわりに小さいタッパーを乗せる。みんなの方に小さく会釈して、グラウンドから立ち去った。

頑張ってね、レジスタンスジャパン。


2013.07.31

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