□ハロウィン
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夕日に照らされた影がのびる。黄昏…誰そ彼、とはよく言ったもので、逆光に立たれると顔も見えない。大昔は街灯も無かったからもっと暗かっただろう。それ故神隠しが起こるといわれるのもこの時間のことが多い。

そんな中、子供たちは皆モンスターの格好をして町中を闊歩している。抱えきれないほどのお菓子を抱えて。家からこっそり覗いている大人たちは微笑ましくその姿を見守っていた。今日は10月31日…ハロウィンである。

私もサッカー部の皆と仮装してお菓子を頂戴しに行ってきた。家を出るときには空っぽだったバスケットが、既にパンパンになっている。しばらくはおやつに困らなそうで嬉しい限りだ。

「大量じゃねーの、苗字チャン」

「不動?」

意外な人物に声をかけられた。こういうイベントには絶対参加しないと思っていたのに、不動の手にはお菓子がぎっしり詰まった袋が握られている。…私ってば、今日はラッキーガールなのかもしれない。

「珍しいね」

「佐久間たちと勝負してんだよ…好きで参加してるんじゃねぇ」

「…っていう割にはしっかり仮装してるよね?」

不動は立襟のブラウスにジャボ、留め具にはワイン色のベストと同色のガラス玉がはめ込まれたブローチを付けている。体を覆う黒いマントは膝まであって、ずっしりと重そうだ。不動のモヒカンとミスマッチなはずなのに、夕日に照らされたその姿は妙にしっくりくる。

「鬼道クンがうるさくて、な。妥協は許さん、ってよ」

「あぁ、納得」

呆れたように笑った不動の八重歯がきらりと光る。付け牙までしているなんて、凝ってるなぁ。しかしあの歯でガブリとやられるのは痛そうだ。

「お前は、シスターか」

「ん?あぁ、そうそう。似合うでしょ?」

その場でくるりと一回転。ベールとスカートがふわりと舞い、遠心力で浮いたロザリオが揺れる。勢いをつけすぎたのか、お菓子が籠から落ちた。

「あっ」

大事な食料が!しゃがみ込んで拾おうとすると、いつの間に近付いてきたんだろう、不動に腕を掴まれた。逆光で表情が見えない。不動、と名前を呼ぶ前に掴まれた手で立たせられる。

「シスターとヴァンパイア、この組み合わせをどう思う?」

「どう、って」

思いつくのはただ一つだ。

「餌と、捕食者ってとこ?」

「せーかい」

にやりと不敵な笑みを浮かべる不動。もしかして、私が餌だとでも言いたいのだろうか。……だとしたら。

「残念ね、不動」

それが通じるのは、不動が本物の吸血鬼で私が普通の人間か、人間同士の男と女だったらの話。

「あ?」

不動の首に腕をまわして、唇が触れそうな距離まで顔を寄せた。視界いっぱいに不動の歪んだ顔が映る。今気がついたけどカラコンも入れてるのね。そんな表情したって煽るだけなのになぁ。

「ずーっと、我慢してたんだけど」

「苗字、」

「こんなチャンス滅多にないし。据え膳逃せるほど我慢強くないの、私」

「っお前それ、」

舌舐めずりした時に見えたのだろう"それ"を見て不動は目を見開いている。私からしたら、餌は君の方なんだよ、不動。

「吸血鬼はね、暗示…一種の催眠術が得意なんだよ」

今、動けないでしょ?そう言ってお腹から胸にかけて伸びた爪でツーっとなぞると、不動は小さく身動ぎ息をつめる。もしかして感じちゃった?かぁわいい。

動きを封じたのをいいことに私は邪魔なジャボを取っ払って、ボタンを一つ、二つと外していく。不動の首筋は色が白いせいもあって凄く綺麗だ。動脈をなぞるとドクドクしているのが分かって何とも言えない高揚感に包まれる。

「いただき、ます」

食事の挨拶をきちんとして目の前の首筋にかみついた。普段は隠している私の牙が、不動の白い肌に食い込んで血があふれ出す。普通の人間には鉄臭いだろうそれが、私には一番のご馳走なのだ。

ごくりごくりと喉を鳴らして飲み下す。あぁやっぱり思ったとおり。不動の血はとても甘い。もっと、もっと飲みたい…。一滴も無駄にしないように舐めとりながら、流血を促すように強く吸いついた。

「ってめ、ざけん、な…ぁ」

「……んっ………はっ…」

「く、っそ…う、あ」

あ、まずい。血が抜かれて、立っていられなくなった不動がその場に崩れ落ちる。支えようとするも間に合わず、不動は地べたに座り込んで肩で息をしている。上気した頬が何とも色っぽい。そのくせ私のことを睨みつけてくるのだから、ほんとたまらない。

「どう?気持ち良かった?」

わざとらしく問いかける。吸血には性的快感が伴う。それも強烈な。だから気持ち良くないはずがない。悔しそうに目をそらす不動が見られて私は満足だ。

不動に合わせて私もしゃがみこむ。手の甲で頬を撫でてやると小さく喘いだ。いつもすかした不動が私に振り回されている。その事実がただ愛おしい。

「ねぇ不動、好きだよ」

言うが早いか、かすめるようにキスを一つ。驚いている不動ににこりと笑いかけ、再びその血を頂こうと覆いかぶさった。

夜は、これから。








2013.10.31


補足:主は吸血鬼
ジャボ:貴族とかが首もとにつけてるヒラヒラのあれ

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