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 ざわつく駅前に立つこと15分。待ち合わせは10分前に過ぎた。見渡しても、目立つピンクは見えない。携帯を見ても電話もメールもなし。うーん、やっぱりあれ自体が嘘だったか。よし、帰ろう。ああでも折角オシャレして電車にのって来たんだから早めのランチをしてからでもいいかもしれない。

世の中便利になったもので、GPS検索で近場の店を物色する。あ、ここいいかも。何件か目星をつけていると、目の前で誰かが立ち止った。あららん?見える靴からして男物だ。んー、でも今日はそういう気分じゃないし、そもそもそうじゃないかもしれないし、気づかないフリしておこう。

「わりぃ、待たせた」

え。聞きなれた声に思わず顔を上げると、私を呼び出した張本人が見慣れない格好をしていた。自由奔放にのびていた髪の毛はサイドでまとめられているし、いつも着てる、本人曰くミュージシャン意識な目に痛くてくそダサいピンクジャージ一式じゃない。ちょっとチャラそうではあるけど、普通にカッコいい。

「雪が降るわね」
「降るわけねーだろ、四月だぜ」
「だって明王のそんなカッコ初めて見た」
「デートっつったろ、昨日。電話で」

からかうつもりで、そう言ったのに。明王が真面目な顔で返してくるものだから言葉がひっこんでしまう。どう切り返そうかと瞬間的に考えていたら、行こうぜ、と右手が浚われた。二周りは違う明王の手に指を絡められる。こい、恋人つなぎ、だと?チラリと明王の顔を見るとニヤリ顔でぎゅっと握られて心臓が跳ねた。












「そろそろ、種明かししてもいいんじゃないの」

結論から言って、今日の明王は頭がおかしい。あの後連れて行かれたのは映画館で、前に私が見たいとこぼしたラブロマンス&サスペンスな作品を見た。チケットは前もって用意されていて、じゃぁ軽食は私が出そうと思ったらそれも払われてしまって。しかも座席はカップルシート。終いにはこっそり買おうとしていたパンフレットまで買い与えられた。それでもって今は私がいいなと思ってた喫茶店でお茶してるわけで。うん、頭おかしい。大事なことだからもう一回いうけど頭おかしい。

「言い過ぎだろ」
「やだ漏れてた?」
「ワザとのくせに」
「当たり前でしょ」
「…つまんね」

そう言って明王は頬杖をついた。行儀悪いなぁ。それにしてもセットで頼んだこのケーキはなんて美味しいんだろう。スポンジはふわふわだし、甘めのクリームはイチゴの酸味と相性がバッチリだ。たまらん。ぱくぱくと食べていると、明王がじっと見てきた。もうなんというか、悪い予感しかしない。そんな私の気持ちなんてお見通しなんだろう、案の定ヤツは仕掛けてきた。

「なぁ、ひとくち」

あーん、なんて言いながら口を開けている。ぶりっこか。可愛くないから。第一やるとでも思ってるのか私が。構わずに食べ進めて、最後の一口まで無事に自分の胃におさめる。ああ幸せ。そこで、油断が生じた。明王がそれを見逃すはずもなくて、身を乗り出して掠めるようにキスされた。おい、おいおいおい。

「………はぁ」

もうなんか、人前でとか馬鹿か!って怒る気力もない。一気に疲れたんですけど。律儀に来るんじゃなかった。はぁ。二回も溜息出たし。幸せ返せこの野郎。

「彼女いるんだからそっちとこういうことしなさいよ」
「…たまにはいいだろ。こんな日だしな」
「そんなことだろうとは思ったけど」

お察しの通り、今日は4月1日。エイプリルフールである。ああしかし質が悪い。悪趣味。こういう男だって嫌ってほど分かっているのに気がつけばノせられているのだから。そんなの、セックスだけで十分だ。ほんとに勘弁してほしい。しかし、明王の言うことは全部嘘だと改めて認識できたからそこはよしとしよう。

「ま、別れたから今フリーだけどな」
「あーもうそういう嘘いらないから」
「…そーかよ。でも、もう少し付き合ってもらうぜ?」
「セフレ連れまわすとか、ほんといい趣味してるよね明王って」

そう言いながら伝票を明王に押し付けるあたり、私も相当悪趣味なのだけれど。向こうがその気なら、こちらだって負けていられない。うんと可愛い彼女になってやろうじゃないの。今日限定の、ね。









別に悲しくなんか、ない。

2014.03.31

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