短編
□最後の…
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私が元服した頃に秀吉様から賜った無銘刀を目の前に立つ貴様へ向けた。
こいつは秀吉様を殺め纏まりかけていた天下を乱し豊臣を崩壊へ導いた大悪人だ。
家康が憎い…!だが…かつて私が心から愛した唯一の人間という事に変わりはなかった。
もしも全てやり直せるのならばまた二人で花火を見に行きたい。
いや、それはもう不可能な事なのだとわかっているのだ。
何故なら最初から私達は全てが違い過ぎたからだ…。
まだ私が佐吉と呼ばれていた頃の桜の時期に私達は出会った。
思えば満開の桜の木の下で『闇』の私と『光』の貴様が出会ってしまったのが全ての原因だったのかも知れない。
自分とは違う正反対の世界に住まう者だと最初から知っていたはずなのに私は貴様の太陽のような優しさと微笑みに惹かれていった。
人の首を刎ねるのは勿論これが初めてではない。
だが涙を浮かべながら刎ねるのは初めてかも知れない。
頼む。悪いのは貴様だけではないのだ!だから…だからどうかそんなに優しい顔をしないでくれ…!
私達は春に出会いお互い恋に落ちた。
夏にわざわざ京まで出向いて思い出を作った。
秋の夜に互いの熱を求めあい一つとなった。
そして今、冬に全てに終止符を打った。
貴様を地面に押さえ付け無銘刀を抜いて首に突き立てようとするが腕が小刻みに震える。
「すまない…家康…!」
私は涙ながらにそう言う事しかできなかった。
貴様は微笑みながら最後にこう言った。
「−−−−−…」
一気に刀を家康の首に突き立てた。
家康から流れ出た朱が地面を赤に染めていく。
今までの家康との思い出が再び蘇る。
やはりもう一度だけでいい。再び共に花火でも見に行きたい。
心配するなきっと直ぐにまた逢える。安心しろ、お前を独りにはしない。
お前はいつも言っていたな。
「…ずっと傍に…」
ーー次の世では必ず幸せになろうなーー