† Novel room †


□嵐なる人のとある憂鬱
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「……はぁー」

時はジェネラルとの決戦から二年後のソラディオラーマ世界にあるラクロア王国。
ラクロア城のバルコニーに、嵐の騎士トールギスはいた。
昼食後の読書中。
彼は不意にため息を吐き、読んでいた本を閉じてテーブルに放り投げ空を見上げた。

「…厄介なものだな。まさかこの俺が、………あれを任されるとは」

その厄介事とは誰もが予想だにしなかった内容の仕事で、それがたまたまトールギスに任命されてしまったのだ。
どうしたものかと目頭を押さえる。
だが、トールギスがその仕事をする事に期待感を抱く者も少ないのも、確かな事実である。

トールギスがその仕事を任命されたのは遡る事三日前。
ジェネラルから全ての騎士が解放され、その一人でもあるラクロア親衛隊のリーダーであり、熱砂の称号を持つ騎士ロックに言われた事が全ての始まりだった。

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「…ラクロアンローズを題材とした曲を作曲して、演奏しろだと…?」

「はい。あなたが適任だったので、使命させて頂きました」

にこりとそう告げる熱砂の騎士に、トールギスは背筋が凍りつくのを覚える。何か企んでいるだろうと。

「何故俺だ?他にも出来そうな奴は大勢いるだろう」

「………その可能性もあってテストをさせてみたのですが、やはり当てはまるのはあなたしかいないと分かったもので。覚えてますか?ほら、ダンスホールでバイオリンを演奏させたでしょう?」

「なに?…………あ゛っ;!」

トールギスはこの発言のきっかけを思い出し、目頭を押さえた。
数日前、ロックにダンスホールに来るよう言われ、確かにバイオリンを弾かされた。
難しい顔をしていたが、演奏を終えた後に満足そうな笑みを浮かべていた事を覚えている。
それがまさか、仕事”ラクロアン・クラシック“という祭典の為に、バイオリンの力量を測られていたとは思わなかった。
ラクロアン・クラシックとは年に一度だけ開催される音楽コンクールのような祭典で、騎士団の代表がそれぞれ楽器から曲の構成を手掛け、どの騎士団が音楽を嗜んでいるかを競うという物。
楽器だけに関わらず、声楽やオペラなどのテーマで出場した者も少なくない。
毎年、当時のラクロア親衛隊が最優秀賞に選ばれていて、その代表がディードだった。
バイオリンの名手で、繊細かつ美しい演奏が売りだ。
今はトールギスもラクロア親衛隊に加入し、今までであれば演奏を聞く立場だったはずが、何故かディードに代わって代表に選ばれてしまったという事態になっている。
ロックを睨みつけて、声を絞って唸った。

「……は、謀りおったなこの腹黒め#!」

「腹黒とは人聞き悪いですね。埋もれる所だった才能を発掘しただけですよ?私は」

さらりと受け流したロックに、トールギスは堪忍袋の緒が切れ怒鳴り散らした。

「何が才能の発掘だ!?そんな事はディードに任せればいいだろう#!?あいつは俺より音楽を嗜んでいるではないか!」

「そのディードが熱で寝込んでしまいましてね。祭典ラクロアンクラシックまで当分回復の見込みはなく、代役を急遽立てる事になったんです」

「それが何故……」

自分はこのラクロア親衛隊にいる限り、目の前の腹黒隊長に振り回されるのかと思うとゾッとする。
その時、ラクロア親衛隊の暗黙のルールに触らぬ神に祟りなしという言葉を後世に伝えようとトールギスは誓うのだった。

「あれは代役を立てる為のテストに過ぎないと言ったでしょう?作曲はどうですか?」

「うむ…;。趣味でいつもやってはいたが。構成はピアノで作って、後はバイオリン向けに編曲している。」

「………貴方も相当、音楽を嗜んでいると思いますよ…;?」

そう苦笑いしたロックは、踵を返して仕事に戻った。
ロックはまるで文武両道をそのまま人にしたような完璧さがあり、念願の入隊を果たしたトールギスに親衛隊の仕事を優しく手取り足取り教えていた。
だが、トールギスはロックに対して苦手意識があった。古株の騎士故に気まぐれで、規律を破った者にはとことん容赦ない一面があったからだ。

「……はぁ。とんでもない事になったぞこれは。」


一方、ラクロア城場内にあるディードの自室。
ドア越しから苦しそうな咳が響き、風邪を拗らせた氷刃の騎士ディードが寝込んでいた。
同じ親衛隊員で親友である翼の騎士、ゼロがつきっきりで看病をしていて、トールギスがラクロアンクラシックの代役になった事を、林檎をすりおろしながら報告した。
熱で弱った頭で詳細を理解したが、眉根を顰めてため息をつく。

「……あいつが、楽器をやっていた話なんぞ、聞いた事ない……げほっ、ごほっ!」

「私もそう思ったが、ロックが自分の目で実力を見極めたのだから間違いないぞ」

「………はぁ」

溜め息をつくディードは、ベッドに潜り込んだ。
あのロックがそう決めたのなら文句は言えない。わざわざ自分の代理を立ててくれたのだから、礼を言うべきだった。
ただ、目的のために利用していた男が代理になった事を知った時、神はとことん意地が悪いと呪いたくなった。

複雑なのだ。
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