† Novel room †


□満月と蒼き鮫の誓い
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「ほぉ…。月が輝いちょるな、満月か」

屋敷のそばにある湖畔で、甘寧は水面に映った満月を肴に酒を呑んでいた。
自分と呂蒙が孫一族に仕えてから、しばらく経った。今の孫一族を治める孫権は兄の孫策より些か頼りない面も見受けられるが、剣を交えたあの時、体がひしひしと確かに感じていた。
月のような優しさを持ち合わせていながら、時折見せる虎のような猛々しい闘気。
この侠ならと、いつの間にか心が揺れ動いてしまったのだ。

「不思議な奴じゃ…。孫策にもない虎の覇気を持っちゅうらぁてな」

そうしみじみと呟き、盃に酒を注いで一気に煽った。
酒の強い苦味が、熱を持って体中に流れるような感覚を覚えさせる。
自身が愛用する武器、烈鮫牙を夜空に掲げ、満月の光を浴びた。
もう一杯だけ酒を注ごうと濁酒の壺に手を伸ばそうとした途端、それは自分の盃に酒を注ぐ呂蒙の手にあった。
一瞬目を瞠って、甘寧は彼の名を呟く。

「呂蒙…」

「何してっかなぁって思ってよ。孫権の大将が探してたぜ?」

「今夜は、満月じゃったからな…。酒の肴に一杯、呑はやかと思ってのう」

そう言って、ぐいっと飲み干す。
呂蒙は兜を脱ぎ、心配するような表情で甘寧を見つめた。

「な、何ちや?ほがな真剣な顔をして」

「お前…、まだ気にしてんのか?」

「何をちや?」

「あいつの、凌統の…」

「いいなやくれ!」

顔を俯かせ、甘寧が怒鳴る。
呂蒙は後から言いかけた言葉を腹の内へと飲み込んだ。
変わりに口から出て来たのは、謝罪の言葉。

「わ…、悪ぃ。俺はただ」

「……………………すまない、呂蒙。ありゃあ、自分でよお分かっちょる。凌操を殺したあしのまちがいだ。凌操の倅にゃぶつかってでも付き合っていくし、罪も償うんや。そき、いつか凌統に、過去と決別させられるようにしてみせる。」

変わった。不意に、頭の中でそれが浮かんでいた。
一緒にいて時にはかなり荒れた時期もあったけれど、昔に比べたら変わった。
まだ自分と出逢う前に犯したという凌操将軍の討伐、またその息子である凌統との確執。今は、それを乗り越えようと前を向いている。
月に照らされた甘寧の眼差しが、まるで明日を見据えているようだった。

「…………甘寧…」

「なぁ呂蒙。……この事は、孫権にゃ黙っておいてくれんか?」

「あ?何でだよ」

「はや、自分の昔の事で心配させたくないちや。やき、頼む。おんしの胸の中に留めてくれ」

一瞬、盃を持つ手が震えているように見えた。
いつもの自分だったら「一々背負い込むな」と言っているところだが、今回はそれを言う理由はない。呂蒙は甘寧の言うとおり、この事は甘寧と自分の中だけに留める事を固く誓った。

甘寧は呂蒙が頷いたのに気付いたのか、壺を盃に傾けて煽るとその場で寝転んだ。
少し酔っているのか、顔がほんのりと赤みを帯びている。
呂蒙は一口飲んで、厨(くりや)から持ち出したいかの乾物をかじった。

「甘寧…。」

「ん?」

「俺がもし孫権やみんな、お前を裏切ったとしたら、どうすんだ?」

真剣な眼差しでそう言った後、「悪ぃ。忘れろ」なんて言って酒を呑んだ。
甘寧はしばらく考え、何かを思いついた表情を見せると呂蒙を呼ぶ。

「あ?どうし…」

「おんしがもし」

「……っ」

「おんしが裏切ったその時は、…あしはおんしを殴る。もちろん、呂蒙が孫権やあしらを裏切るらぁて事はないじゃろうがな」

「甘寧、お前…っ」

「呂蒙。おんしと何年つるきると思っちょるんだ?はや、ほがな浅はかぇ仲がやないじゃろう」

「…そう、だよな。すまなかった」

「ほら。謝っちょらき呑むぞ。酒が不味くなる」

「わ、分かってらぁッ!」


月の下で、呂蒙と甘寧は互いに酒を汲みかわし、ひと時の安らぎある一夜を満喫したのだった。

















呂蒙。あしははや、ぶっちゅうまちがいはせんよ。

守るべき、家族がおるのやきな。
それを、この満月に誓おうんや。

ん?何で満月にかって?
決まっちょるじゃろうんや。

……満月がまるで、猛々しくも優しい虎の瞳のようやきさ。
孫権のように。









    ―了
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