† Novel room †


□甘酸っぱい日も悪くない
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「ガーベラー!シュウトが呼んで……、ってあれ?どこに行ったのでしょうか…」

ショートケーキを持ってマドナッグはもう一人の自分、ガーベラの作業室へ訪れていたのだが、当の部屋の主がいない。
しばらく考えた結果、ラップを掛けるため一度戻るという結論が出たのでキッチンへ向かいラップを掛け、また作業室へ行って彼のデスクに置いた。
ただ、あのガーベラの事だ。勝手に置くなとかあれこれ言うかもしれない。パソコンのテキストエディターを立ち上げて、けいこさんがケーキを焼いてくれたので食べて下さいと打ってついでに追伸を打ち込み、作業室を後にしたのだった。


一方のガーベラは、SDG基地のテラスで一人思い耽っていた。
あの戦いから自分は生き残り、SDGもとい次元パトロール隊の一人として活動している頃、マドナッグは開発された。少し歴史が変わった当時の自分、マドナッグがいた時代で、今を生きている。
自分の存在意義と、今ではもう一人の自分であるマドナッグとの関わり。
その二つが、ガーベラをキリキリと苦しめていた。

「……今を生きる事が、私に科せられた贖罪。だが、私が此処に在る意味など、どこにあると言うのだ………?」

自分を実験台で使っておきながら見捨てた人間達が、世界が赦せなくて、自分は復讐を誓った。
だから、全てを消そうとした。
なのに、ずっと信じて止まなかったその思いは間違っていて、メモリーに刻まれた記憶は造られたモノだった。
在りもしない空想を追い続けたその代償は大きかったけれど、得たモノは失った分だけ大きかった。
未来は少しだけ違う方向へ向かっている。
でも、今の日々が自分が憧れていた景色である事を、切実に感じていた。
けれど、自分が犯した過ちが消える訳ではない。幸せを噛み締めつつも、過去の過ちを悔やんでいるのだ。
そんな時、後ろから声がした。

「…こんなトコにいたんだな。ガーベラ」
「!………ガン、イーグル……」

パトロールを終えたガンイーグルが、数冊のファイルやモバイル型のパソコンを抱えてガーベラの隣に座った。

「マドナッグが探してたぞ?シュウトのママさんがケーキ焼いてくれたからシュウトの代わりに呼ぼうとしたんだとよ」
「………終えねばならん作業があってな。休むどころではなかったのだ」
「そう言って仕事人間的な面してるけどよ。辛いのが見え見えだっつーの」
「…やはり、お前には適わん。私がマドナッグだった頃のお前、いや、その時のガンイーグルもよく見透かされた」

自嘲的な笑みを浮かべ、ソウルドライブが装着されているユニットに手を当てる。
些か記憶が混乱しているのもあるが、今自分が成すべき事は今のネオトピアに貢献する事と、次元に生じた歪みを次元パトロール隊として修復する事であるのは、理解している。
だからこそ、自分の存在と罪を天秤にかけて思い悩んでいた。

「……やっぱり、別の次元のオレも同じ事を言ってた訳か」
「ああ、そうだ。お前は………、私が此処で存在しても、良いと思うか…?」

唐突にそんな事を聞かれ、初めは黙る事しか出来なかった。
けれど、答えは出ている。

「……あったり前だろ。罪を償う他にも、一度失いかけた存在が、今はたくさんいるじゃねぇか。オレを含めてな」

そう言って、ニッと笑う。
どんな罪を犯したとしても、ガーベラは仲間と認めた存在だから。
だから大事にする。だから、共にいたい。

ガンイーグルに、そんな風に言われた気がする。
伸びをして立ち上がり、恥ずかしげにじゃあなとだけ言ってガンイーグルはそそくさと飛んでいってしまった。

でも、ガンイーグルには少し感謝している。直接は言えないけれども、自分から言おうと思う。
飾り気がなくとも、直に伝わる魔法の言葉を。
『ありがとう』って。


シュウトの家に帰宅したガーベラは、ガンイーグルが置いていったファイルなどを持ち帰り、それらをデスクに広げた。
問い合わせてみたら、カオ・リンが自分に頼もうとしていた設計図とプログラムの資料だという。
ため息を吐いてコンピューターを起動させると、テキストエディターが立ち上がっているのに気付いた。
文章の内容は、けいこが焼いたケーキをデスクに置いた事と、たまには頼って欲しいと追伸に書かれていた。

誰かに頼るなど、微塵も考えたことがない。けど、今こうして頼って欲しいと言ってくれた存在がいる。
それが嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。

一度ディスプレイを閉じて、けいこお手製の苺ショートケーキに手を伸ばす。
お店を開いても良いぐらいのその完成度に、感嘆した。
フォークでケーキを口に運び、ゆっくりと噛み締めた。
優しい甘さのクリームとスポンジが口に広がり、苺の甘酸っぱさが味覚センサーに染み込んでいく。

一度は捨てようとしたこの命。
今は自分のために、そして仲間達のために、輝かせたい。
過去の自分と、決別をして。


―――――――――たまには、甘酸っぱいこんな日も、悪くない。




―――End―――
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