花宴 上
□菖蒲
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月世は朝から具合が悪かった。
体がだるく、熱っぽい。
今日は任務だから、せめてイタチの準備を整えてあげたかったのだが、体が思うように動かない。
「風邪だな…」
イタチはベッドの脇にひざをつき、月世の額に手を乗せている。
「…ごめんね、今日準備できなくて…」
月世は弱々しく微笑んだ。
「そんなこと気にするな。月世は今日1日ゆっくり寝ていろ」
「本当は俺も休めたら良かったが…」
そう言って、氷枕を月世の頭の下に入れた。
「いいのいいの。鬼鮫さんにも迷惑かけちゃうしね…、
もう時間でしょ?早く行かないと」
イタチは月世の頬を軽く撫でると、すまないな、と言って立ち上がった。
「帰りに買い物して帰る。連絡用のカラスを置いていくから、必要なものがあったら言うんだぞ」
そう言うと、イタチは月世に軽く口づけをし、ふわりと頭を撫でる。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
月世は布団から少し出した手をふり、イタチを送り出した。
イタチが出て行った部屋の中、月世は布団の中で考えを巡らせる。
この体調不良には、心当たりがあった。
月世は重い身体をゆっくりと起こし、スリッパをはくと自室の戸棚に向かう。
す、と引き出しを開け、細長い箱を取り出した。
彼女はそれを持ってトイレに入る。
数分後──
月世の手の中の棒状の器具、つまりは簡易妊娠検査キット───は、徐々に陽性の反応を示した。
「…できてる」
それを呆然と眺めながら、月世はぽつんと呟いた。
その手は無意識に下腹部にふれ、まだ平らなそこを優しく撫でる。
うれしいうれしいうれしい
月世は思わず微笑んだ。
幸福、喜び…それらが心に染み入るようだ。
月世は窓辺に寄り、イタチが置いていったカラスを呼び寄せた。
「はやく帰ってきてね」
月世はうきうきとした心持ちで、イタチに早く伝えたい一心でカラスに伝言を託す。
使命を帯びた彼は、抜けるような青空に舞い上がっていった。
その頃───
イタチと鬼鮫は敵と交戦中だった。
イタチが敵にトドメを指すと、勢いよく返り血が吹き出る。
それは彼の衣や手を汚し、顔にも幾筋かの血の跡ができた。
「…まったく…大人しく情報を渡せば命は助けると言ったのに…馬鹿な奴らですねぇ」
鬼鮫も敵を始末して、鮫肌を背中に収めた。
イタチが返り血を浴びているのをちらりと見やる。
「…イタチさん、近くに川がありますから…そこで洗っていったらどうです?」
「…そうしよう」
今日は帰りに街に寄るかも知れないし、なにより月世と暮らすあの家に、血生臭ささを持ち込みたくない。
その時、軽い羽音と共に黒い羽がひらりとイタチの前に舞い降りた。
顔を上げると、カラスが旋回しながら降りてきている。
イタチは腕を軽く上げて、カラスが止まれるようにした。
カラスは軽やかにイタチの腕に止まる。
「それは…伝書用のカラスですねぇ
月世からですか?」
鬼鮫はイタチの方を振り向いて言った。
「ああそうだ…」
イタチは写輪眼でカラスを見つめると、みるみるうちに表情が険しくなった。
「…月世に何か?」
「その可能性がある…早く帰れととのことだ」
「…まさかとは思いますが…弱っている所を敵に襲われるということも考えられますね」
イタチは印を結んでカラスを消すと、川に向かっていた足を翻す。
「鬼鮫。オレは帰る…お前もアジトに戻れ」
そう言い終わると、鬼鮫の返事は聞かずに姿を消した。
「…なにごともなければ良いですが」
鬼鮫は一人呟くと、ゆっくりとアジトに帰って行った。