花宴 上

□菖蒲
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イタチは血に汚れた衣と肌にかまうことなく、家路を急いでいた。
月世は普段、意味もなく帰りを促すことはない。
ましてや今日は月世の体調が悪かったので、イタチの胸には嫌な想像がよぎる。

(体調が急変したか…もしくは…敵か?)

イタチは影分身を置いていかなかったことを後悔する。

(何事もなければいいが…)

心の中でそう呟きながら、風のように森を抜けていった。





その頃、月世はリビングで雑誌をめくっていた。
子どもを作ることを決めてから買った妊婦の情報誌のページを、月世はうきうきとした心持ちで眺める。

「…なるほど、妊娠中はチャクラコントロールが難しくなる、と… ん?」

月世は気配を感じてドアの方を見た。
早く帰ってと伝言したものの、いくらなんでもイタチが帰って来るには早すぎる。

「…まさか敵…?」

月世の忍術は、チャクラコントロールが繊細なものばかりのため、先程得た知識によると実力を発揮できないかもしれない。
月世は嫌な汗をかきながら、いつも手近に置いているクナイを手に取った。
その時、ドアノブがガチャガチャと音を立てる。

(…来る)

月世はドアを真っ直ぐに見据えた。
ギィ、と音を立ててドアが開いた瞬間、月世は電光石火でクナイを投げる。
侵入者はまるで先が読めていたかのように、無駄のない動きでクナイをかわした。

(あのクナイを避けるなんて…写輪眼でもない限り…)

そこまで考えた月世は、はっとして侵入者の顔を確認した。

「あっ…イタチ!」

そこには呆れ顔のイタチが立っている。

「何をやっているんだ…攻撃する前に顔ぐらい確認しろ」

「ご、ごめん…でも早かったね」

「早く帰ってこいと言ったのは誰だ」

「あっ…それはその、どこにも寄らなくていいから早く帰ってきて欲しいな、なんて…」

あたふたしだした月世を見て、イタチは表情をゆるめた。

「…まあ、何事もなくてなによりだ」

そう言うと、扉を閉めて中に入る。
月世はその時イタチの返り血に気づいた。
それを見て、イタチが一目散に帰ってきたことを悟る。 
月世は柔らかい微笑みを浮かべると、イタチからマントを受け取り、桶に水を張ってそのなかにそれを漬け置きにした。

「ね、イタチ…報告」

手を洗ってリビングに戻ったイタチをソファーに座らせると、月世もその横に腰掛ける。


「…できたみたい」

「こども」

そう言うと、月世は下腹部の辺りにそっと触れる。
その言葉を、イタチは文字通り目を丸くして聞いた。
しばらく黙ったあと、絞り出すように言う。

「…ほんとか」

「ほんとだよ。ほら、これ見て」

月世は検査キットの、陽性のラインを見せた。
イタチはそれをまじまじと見つめる。

「…ほんとだな…」

「でしょ?」

月世はそう言うと、立ち上がってキットをごみ箱に捨てる。
すとんとソファーに身を沈めた月世をイタチは急に抱きすくめた。

「月世、オレは…うれしい、心の底から」

体を少し離して月世の顔を覗き込む。
イタチの表情はいつになく開放的で、晴れやかで幸福だった。
月世はそれを見て、更に喜びが湧き上がる。

「オレもこれで…父親なんだな」

そう言うと、イタチはおずおずと月世のお腹に触れた。
まだ平らなそこを、慈しむように撫でる。

「そうだね。それで私は、お母さん」

二人はふふ、とくすぐったそうに笑い合った。

「あ、そうだ。写真撮ろうよ」

「写真?」

「うん。今までは夫婦の写真だったけど…今から撮るのは、家族写真」

イタチはふわりと微笑むと、そうだな、と言って箪笥にしまってあるカメラを取りに行った。
テーブルに置いて、セルフタイマーをセットする。
二人はソファーの上で、幸せそうにレンズに微笑んだ。
パシャリと言う音が、二人のこじんまりとしたリビングに響いた。
イタチがテーブルからカメラを取り、撮った写真を確認する。

「…よく撮れてるな」

「うん。なんか幸せな気分になる写真だね」

二人は寄り添って、しばらく画面を眺めていた。
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