bear sweet fruit
□7.偽りでも構わない
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背後から抱かれ、肩を滑る服とそこを辿る唇に思わず震えた。
「…イ、タっ…」
「…熱を持っているな。日焼けか…」
そう言いながらも肩から項へゆっくりと唇を押し付けられ、引き攣るような痛みと快感に私は身を竦める。
「…あっ…先輩、ひりひりします…あまり触らないでっ……」
「だが、あんたはここが好きだろう…」
耳の後ろ側から低い囁きを直接頭に与えられ、まるで麻酔を掛けられたように中が痺れた。
それが効いているうちに項へ音を立てて軽く吸い付かれ、痛みより戦慄が上回りあえなく吐息が漏れてしまう。
───海からの帰り道、斎藤先輩から「…寄って行くか」と突然のお誘いを受け、嬉々としてそれに応えた私。
安過ぎるかな…?
相当軽い女の子だと思われそうで心配になるけど、でも焦らすとか駆け引きとかそんなの出来ない…
いつだって私から押してきたから、先輩から誘われるのなんて初めてで嬉しかったんだもん。
* * *
月曜日、私はランチ時沖田先輩に呼び出された。
今日は雪村先輩もいるのに、わざわざ私を借りると断ってまでお昼を一緒に食べようとするなんて、余程すぐ話したい用があるのかな?
いつもの屋上に着くと、パンを食べようとしたところを手で遮られて、度肝を抜くようなことを言われた。
「実結ちゃん、一君とヤってるでしょ」
肯定するか否定するか、その一瞬のうちには考えられなくて、「なんでそれを!?」と「何を言ってるんですか!」が脳内を交錯する。
「…はっ…!?な…なん…、な、に…」
でも、正直…沖田先輩、なんでそれを知ってるんですか!?
「あー良かった、食べるのストップさせといて。
君、もぐもぐしてたら絶対噴くと思ったからさぁ」
経験上、なんて余計なことを付け足してほっと胸を撫で下ろされた。
うぅ…どうせ以前噴きましたよ…。
「で?ヤってるよね?いつから?
なんですぐ言わないのさ、そんな面白そうなこと」
先輩はもう確信してるらしい。
身体の関係があることは前提で話を進めてくる。
私は観念して、手元のパンを弄りながらはっきりしない声で答えた。
「…いつからって…し、暫く前から…?
でもそんな風に面白がって聞かれるようなことじゃないし…」
「あ、そう、やっぱりヤってるんだ。
まぁ確証は無かったんだけどね、そうだと思った」
「お…おお沖田先輩ぃぃ…!!!」
「いいじゃない、別に減るもんじゃないし自慢すればいいのに?
まさかとは思うけど、付き合うことになった?」
まさかって何ですか、まさかって!
普通に考えたら、肉体関係イコール恋人でしょ!?
そうじゃないパターンを考えるなんて失礼だなぁ……まぁ、悲しいことにそのパターンな訳だけど。
それだけ、斎藤先輩が桜花さんから離れるなんて考えられない話だってことか…
私は成り行きを先輩にぽつりぽつり話した。
彼に色仕掛けなんか通用しないよって馬鹿にされるかと思ったけど、意外にもそうはされなかった。
「僕のアドバイス役に立ったんだ?」
「そりゃもう、初めて誘う時はずっと考えてましたよ!
沖田先輩の色気分けて下さい〜って」
先輩が楽しそうに声を上げて笑ってくれたからちょっと気が楽になったかも。
それよりどうして分かったんだろう?
私がその疑問をぶつけると、先輩は小首を傾げて思い返すように答えた。
「ん〜…海に行った時さ、実結ちゃんが波に飲まれて一君が助け出したことがあったじゃない?
あの時の触れ方かなぁ…妙にしっくりきてるというか…
お互い気まずそうでもなくて自然な感じだったのが、関係のない男女にしては不自然だったから」
「うわ…鋭い…!他の皆さんにはばれてないでしょうか…!?」
「さぁね…話にはならなかったけど、もしかして左之さんなら勘付いたかも?」
「うぅ…そっかぁ…」
マズイ…注意しなくちゃ。
先輩も私も、触れる時自然と慣れたものになっちゃってるんだ…。
「あと、ココ」
唐突に伸びてきた手が髪の間に差し込まれ、首の後ろを撫でた。
「っ!?」
「今日、跡付いてるから気をつけなよ」
私は反射的に両手で首の後ろを隠して、顔が熱くなる。
…アト!?…キ、キスマーク…!?
「今隠しても無意味だし」って笑われたけど、わ…笑えない…!
斎藤先輩…なにを考えてるんですか!?
…い、いや、わざとの訳はないからうっかり付いちゃったのか!?
とにかく、髪を上げないように気を付けないと!
「…バックかぁ…意外だな」
「わぁぁぁ!やめてやめて、言わないで下さい!想像とかもしないで!!!」
「それは無理」
にっこりして悪魔のようなことを言う沖田先輩に私は頭を抱えてしまう。
恥ずかし過ぎる…!!
で…でも、“バックは意外”なんだ…確かに、最初は違った。
顔は見えない方がいいだろうなんて言われたことは話してないから、沖田先輩は意外に感じるのかも。
…だって、流石にそれは惨めだもん…口にしたらきっと泣いちゃうよ…。
「…だけど、気持ちはそれ以上近付けなくて困ってるんですよね…」
最中の諸々は伏せたままそう零すと、沖田先輩は首を傾げる。
「そう?近付いてないかな?
土日に見ていた限りでは、僕には変化してるように感じたけどなぁ」
それを聞いて、私は思わず勢いよく顔をあげると先輩に詰め寄ってしまった。
「本当ですか!?本当に!?
…沖田先輩〜〜〜!!今すっごく先輩のこと好きって思いましたぁぁ!」
勢いのまま抱きついた私に、先輩はよしよしと頭を撫でたままいつもの軽口でかわしてくる。
「はいはい、僕は馬鹿な子ほど可愛いってこういうことかなって思ってるよ…」
すぐそうやって意地悪言うんだから…
でも手が優しいから意地悪は口だけなんでしょう?
「ヒドイ…でも先輩ありがとう…ほっとしましたぁ…」
「馬鹿って言われてるのにね。君って変態なのかな?」
ケラケラ笑う先輩に水を差されながらも私は安堵の息を吐いた。
だって、沖田先輩はきっと慰めるための嘘なんか吐かないと思う。
長く斎藤先輩の側にいる彼がそう言うなら、少しは変化してるのかも知れない。