bear sweet fruit

□3.一宿一飯の…罠?
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私がオウカさんへの強い想いに打ちひしがれて俯いていると、斎藤先輩は長い沈黙を破り口を開く。


「…とにかく。一宿一飯の恩義は返さねばならぬ」


真面目な顔で重々しく言われて私は目を丸くした。


「一宿…一飯…!?や、いいです、全然そういうのは!
だってそもそも私の為にお疲れのところ送り届けて下さったんですし…!
ご飯は勝手に押し付けただけですし!」


「そういうわけにはいかぬ」


断固として首を振る先輩。

意外ではないけど、義理堅いんですね、斎藤先輩は…!

私が結構ですと手を振って何も求めないことを見とると、先輩はちらりと室内を見渡し、別の話題を振ってきた。


「実は、先程から思っていたのだが……
この部屋、まだ越してきたばかりで家具が足りておらぬのではないか」


あっ…気付かれましたか…!

そう、まだ先週越してきたばかりの私。
最低限の冷蔵庫、洗濯機、ベッド、カーテンは買ったけれど、他の家電や家具、細かい物は次の週末にでも買えばいいやって…
まだTVもレンジもラグも無いし、調理器具や食器なんかも買い足したい。

壁掛けの時計とか、ベッド脇のスタンドとか、なんか細かい物は色々欲しいし…
クローゼットの中にスーツやコート、ワンピやスカート類は掛けたけど、畳んでしまうものを収納するのにちょっとしたチェストも必要。
あと小さくていいから、本棚もねー…


「先輩、流石ですね〜。実はそうなんですよ…お見苦しくてすみません。
週末にでも買い揃えようと思っていて」


「つまり今日、明日か。誰か家族などと共に買うつもりなのか?」


「いえいえ、のんびり今日明日に分けて一人で行く予定でした。
まだこの近くに知り合いや友人もいませんし…」


先輩は頷くと、突然とんでもないことを言い出す。


「ーーでは、その買い物に付き合わせて貰うわけにはいかぬだろうか?
大物は郵送するにせよ、細かい物は手荷物になるだろう。結構な量の筈だ」


「…え!?」


つまり…それは荷物持ち…ってことですか!?
いや!!!…まさか、まさか!先輩にそんなことさせられる筈ありません!!


「いえっ!!そんな…結構です!?」


「迷惑…だろうか。いや、買い物の邪魔にはならぬよう心掛ける。
必要とあらば車を出す故、役に立てると思うが」


え、そんなぐいぐい説得にきますか!?
ていうか、先輩車持ってるんだ!
運転する先輩……想像しただけで格好いいー!!

…って、いやいや!そうじゃなくて!


「迷惑だなんて滅相もない!!
でも、だって貴重な先輩の休日にそんなこと…申し訳ないです」


「そういった気遣いならば不要だ。
…勝手を言ってすまぬが、借りたままではこちらが落ち着かぬ…」


そうなの?いや、そんなに?

本当に気にしなくていいのに…言葉でいくら言っても納得しないのかな。
先輩頑固そうだもんね…。


私はいつまでも遠慮しているとまた昨夜みたいに拒否してるって捉えられそうだと思い、申し訳ないながらもおずおず頷いた。


「あ、の…じゃあ、本当にお言葉に甘えて…お付き合い頂いても?」


すると、安堵したように息を零して表情を緩める斎藤先輩。

本当にそれで気が済むなら…お願いしていいのかな?
大荷物になるのは目に見えているし、贅沢すぎるくらい助かるのは本当だもの。


「承知した。まだ8:00前か…どの店にしろ開店までには時間があるな。
自宅に戻り、改めて迎えに来よう」


「はい!なんだかすみません、却って…ありがとうございます!」


笑顔で頭を下げると、彼はきちんと手を合わせてご馳走様の仕草をし、「では後程」と席を立つ。
私は急いでクローゼット前のハンガーラックへ彼のスーツを取りに行った。


「あの…皺になってしまうと思って…昨夜、勝手に脱がせてしまいました。
…今更ですがすみません…」


スーツとネクタイを彼に手渡しながら、私は少し赤面してしまう。


…だって!
つい眠っている先輩を脱がす自分を想像したら、彼氏ならともかく…なんだか余計なことっていうか、やっていいことなのか!?って急に恥ずかしくなってしまって…!


受け取る斎藤先輩も同じ様子を頭に浮かべたのか、それとも私につられたのか…少し眉を顰めて目を泳がせた。

…先輩でも、照れたりするんだ…?


「……いや、こちらこそすまぬ…気遣い感謝する」


「いっ、いえ…」


オウカさん以外の女の子のことも一応は異性に見えるのかなー…なんて……


9:00にマンション前で拾って貰う約束をして、斎藤先輩は帰って行った。

私はテーブルに残された彼の食器を片付けながら、さっきまでここに彼がいたんだなぁなんて妙にくすぐったい。


それから、視線を移せば一晩先輩が眠ったベッド…。

…に、今すぐ入ってみたい私は変態じみてるかしら…!?

でも…今は自制したとしても、あそこは私のベッドだし今夜は確実に寝るのよ!

うっわぁぁどうしよう!
ちゃんと眠れるかなぁ…!?


ーー誰も見ていない自分の部屋で、ただ正義の為だけに我慢するなんて無理!

私は食器を片付け、いつでも出掛けられる準備を済ませると、ごくりと生唾を飲み、勢いよく自分の布団に潜り込んだ。
羽毛布団にくるまって、目を瞑る。


…僅かに、先輩のフレグランスと整髪料かな…
とにかく、自分の匂いと違うものが鼻をくすぐった。

お風呂、入る前に眠ったから…移り香が残っているみたい。

昨夜、玄関で抱きしめられた時の腕や背中に押し付けられた身体の感触が蘇って……私は思わず布団の中で項を押さえて小さくなった。


これから、斎藤先輩と二人でお出掛するんだ。
なにそれ、デートみたいじゃない…!!

嬉しいけど、怖い……
凄く好きになっちゃったらどうしよう。

あんなにオウカさん一筋の先輩に想いを寄せたりなんかしたら、もっと苦しくなるのは目に見えてる。

ましてや、想いを悟られでもしたら…
先輩の後輩として上手く仕事を進めて行くことも困難になる。


私は約束の時刻が迫るまで、楽しみで、不安で…布団にくるまり目を瞑ったまま、否応無く胸を騒がせていた。


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