bear sweet fruit

□4.嘘吐きでも傍に
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───翌日の日曜日は穏やかに過ぎた。


出会って初めて先輩の顔を見ずに一日を過ごしたから、やっぱり正直会いたいなとは思ったけど…

いずれにしても明日には会えるんだから…そう思えば、無闇に距離が近付いて気持ちを悟られることの方が怖くて、とにかく他のことで気を紛らわせて一日を過ごしたの。


それに実はいいこともあったし……
斎藤先輩から、メールが来てね!


『昨夜は、すまぬ。雑炊馳走になった』


…それだけなんだけど。

自分は昨夜どうやって寝たのかとか、私がいつ帰ったのかとか…そういう話は一切なしで至って簡潔な先輩らしいメールだった。


だから普通に、

『とんでもございません!お鍋もお酒も美味しかったですね。お邪魔しました』

…って返して、それでおしまい。


でも、たったこれだけでも…次回なんてあるか分からないメールでしょ?
だからこれ、大事にとっとくんだ。



* * *



翌朝、早々に出勤したつもりの私だったけど、執務室に足を踏み入れると既に雪村先輩と土方チーフが出社していることに驚いてしまう。


「おはようございます!」


「おはよう実結ちゃん」


「おはよう。朝倉か…随分早ぇな」


「いえそんな…それより先輩もチーフもこんなに出社が早いんですねぇ…!」


すると、雪村先輩は忙しそうにしながらも笑顔で手を振る。


「ううん、違うの!
いつもって訳じゃなくて…今関わってるプロジェクトが終盤で追い込みの時期だから」


「そうなんですか…!部署横断のって仰っていたあれですか?」


「そうそう」


「うわぁ…お疲れ様です!
何か始業までお手伝いできることありせんか?」


忙しそうに動き回ってる様子を見て声を掛けてみると、雪村先輩は申し訳なさそうにしつつも、ちゃんと申し出を受け入れて仕事を分けてくれた。


「ありがとう、実結ちゃん、嬉しい!
えっとじゃあこれ、申し訳ないけど20部お願い出来るかな?
午前の会議で使う資料なの」


「はい、勿論です!」


私は資料を受け取って笑顔になる。

大変そうなのに“大丈夫だよ”なんて言われちゃったら寂しいもの。
遠慮され過ぎない感じが嬉しいな!
やっぱり雪村先輩は素敵。


備品室へ資料のコピーに向かうと、エレベーターの前で丁度沖田先輩に会った。
失礼だけど、私はこんな早い時間に会社にいる先輩を見て目を丸くしてしまう。


「あれっ!?沖田先輩…おはようございます!」


こんなに早く出社!?
私まだ木金の2日しか会社には来てないけど、沖田先輩って2日とも出社は始業5分前くらいだったけどなぁ…?

すると、沖田先輩はにっこりして小首を傾げた。


「おはよ、実結ちゃん。“あれっ?”てどういう意味かなぁ…?」


「いっいえ!なんでも…」


先輩は私の持ってる資料とホチキスをちらりと見て問う。


「コピー?」


「はい!」


「じゃあ僕も一緒に行こっと」


「はい…!?」


いやあの…なんで!?
先輩、鞄持ったままで…!?まず執務室行かないの!?

嬉しそうに肩を抱かれながら進行方向へ促されて焦ってしまう。


「ほら早くしなよ」


「わわわ、ちょ…沖田先輩っ!?」


周り…誰にも見られてないよね!?
女子に見られたら怖いからー!!


無事に備品室へ着いて私はほっと一息。


「先輩〜…もう、ひやひやしました!」


「ひやひや?何がさ?」


「女子の目ですよー!先輩のファンに見られたら私シメられちゃいます…!」


「ああ、そっかごめんね?」


ええ!?軽いなぁ…!ああじゃないですよ、ほんと。
早い時間だったから他の人がうろうろしてなくて本当に良かった…。

沖田先輩はついて来たものの、特に用がある感じでもなく携帯なんて弄ってる。

どうして一緒に来たのかな…。
何か話があるとかじゃないのかな…?


とりあえず私は用があってここに来たんだから、話そうとしていないのに自分から催促することでもないなと思って、自分のすべきことを手早く終わらせることにした。


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