bear sweet fruit

□9.甘い果実
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 私は遂に、先輩に嘘を吐いていたことを白状した。

じっと真顔で見下ろされて、ベッドの上だっていうのに甘い雰囲気なんか消し飛んだ。
ばくばくと心臓が暴れて嫌な汗が滲む。


 …ど……どうしよう。
やっぱり先輩はなんというか…心根が高潔そうだし、嘘なんて許せない…かな?

あぁもう、やっぱりせめてもうちょっと落ち着いてから後で話せば良かったのかも…!
でも今の会話の流れで…他に答えようがなかったし…


 これまで、“最中”に彼女意外の顔なんか先輩は見たくないんだろうなと思ってたから、私と目が合わないことに気付いてくれてたんだってだけで凄く嬉しくて…
つい、勢いで馬鹿正直に白状してしまったけど、失敗だったかなぁ……

折角私のことを欲しいって言って貰ったのに、台無しにしちゃったのかも…。


 そうぐるぐる考えて、泣きそうになりながら私は必死で先輩の目を見上げた。


「斎藤先輩…ごめんなさい…。
あの…もう先輩に嘘なんて吐かないって約束しますので、今回だけ許してください…」


恐る恐る訴えても、息が詰まりそうな苦しい間がさらに暫く続いて……
漸く、先輩は我に返ったように瞬いた。


「………は、……あぁ、いや、別に腹を立てたりはしていない」


 本当っぽい…けど、じゃあ今までの間は何を考えてたのかな…。

まだ心から安堵することは出来なくて、情けない顔のままじぃっと見上げていると…


「…………余りに思い掛けぬこと故…直ぐさま反応出来なかっただけだ…。
つまり…、俺を想うが故に…そのような嘘を吐かせてしまったのだな」


 もしかしたら、照れてるのかもしれない。
相変わらず硬い表情のまま紡がれた台詞は、それに反して優しげだった。

とにかくそう受け止めてくれたなら嬉しいと思って、はい、そうなんですと何度も頷いて見せると、先輩は目を泳がせてぽそりと低く呟いた。


「…そう、か…、かたじけない…。驚いたが…無論、嬉しく思っている…」


「───よ、良かったぁ…!」


 私は漸く心底安心して、見上げた首に腕を回して思い切り抱きつく。
先輩は私が飛びついた勢いでがくんと肘を折っていたけど、優しく目元を綻ばせて近付いた距離のまま口付けてくれた。



* * *



 緩やかに、けれど確実に登りつめていく感覚に、私は何度も夢心地で先輩を呼んだ。

熱く潤んだ蒼の瞳を見つめたまま、止め処なく溢れる“好き”を真っ直ぐに伝えられるのが嬉しくて泣きそうだった。


「…あ、あぁっ…斎藤先輩っ、また…」


何度目かの絶頂感が近付き、私が絡めた手に自然と力を込めながら目をきゅっと瞑ると───

斎藤先輩は何の前触れもなく、唐突に動きを止めた。


「……ぁ…、ん…っ……え?」


 ───な…なに…?どうして…!?


 突然快感を逃されて切なく体内が絡むのを感じながら、お互いに乱れた呼吸のまま目を合わせる。

先輩は一瞬ぴくりと眉を顰め、息を詰めた後…
熱い息を吐いて、もう一度瞼を上げた時には、熱に浮かされてなどいないはっきりとした意思を瞳に宿らせて私に向き直った。


「───朝倉。時の流れと共に、変わるものと変わらぬものがあり…」


「…へ………は…はいっ…?」


 突然始まったスケールの大きそうな話に、私は横になったままではあるものの思わず姿勢が伸びてしまう。

だけど、…こんな最中にっ……一体何の話が始まったの!?


「……俺は、変わらぬものをこそ信じている」


「…ぁ……はい」


 変わらないもの……

それって…桜花さんへの想いのことかなと思うと、そんなことは当然だし否定するつもりはないと考えていても、胸にちくりと刺さるものがある。

…もうこの世に居ない人に対して、ましてや今も尚悲しみを抱えている先輩に向かって、こんな嫉妬めいた胸の痛みを覚えるなんて…自分が嫌いになりそうで気付かない振りをしたいけど。


 私が密かに先輩の台詞と自分の感情に重ねてダメージを受けてしまっているうちにも、先輩は真剣な表情で言葉を続けていた。


「……しかし、変わっていくべきものも世の中にはあるだろう」


「…!…はい」


 先輩が何を言いたいのか、その全貌は全く見えないけど、でも少し落ち込んだ気持ちに希望の光が差して私の返事は正直に弾む。


 そうだよね…とにかく、こうして恋人になろうとしてくれてるんだもん。

変わらないものだけを肯定してる訳じゃないんですよね、先輩!


「先程、俺達は互いの気持ちを確かめ合い、口付けを交わした。
つまり、我々はもはや単なる先輩後輩ではない……恋人同士、ということだ。
……そうだな?」


「はいっ!!…そうですね!!」


 やたらに元気のいい返事をした自覚はあったけど、とにかく嬉しくて嬉しくて…浮かれた含み笑いを零してばたついてしてしまう。

先輩から「…朝倉、まず落ち着け、」と戸惑いつつ宥められて、私は一生懸命真面目な顔を作った。


 まだ話の続きがあるんですね。
…でも先輩!
正直これ顔を緩めるなって無謀ですよ、にやけちゃうに決まってるじゃないですか!


「……であるにも拘らず、朝倉は今だに俺を『斎藤先輩』と呼んでいる」


「っは……い?」


 流れで思わず元気良く頷こうとして、私は返事の途中で首を傾げた。


 …『であるにも拘らず』?

えっと…今の話の流れからは…『恋人になったにも拘らず』ってことだよね…?


 
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