アクマでキミのモノ!

□6.叶ったもの、敵わぬもの
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「一君、眉間どうしたの」


「……眉間がどうかしたか」


「すっごい皺だよ……わ、熱い!?」


 徐に手を出し俺の眉間を伸ばすように指先で触れると、総司は目を丸くした。


 …く……むざむざ触れさせるとは……
今、何故避けられなかったのだろうか?
身体の調子が思わしくないのか。
…熱い、と言っていたが…もしや熱が?


「雅ちゃん、一君熱があるよ。打合せの続きはまた明日にしよう」


「え、ええ…そうですね。斎藤さん…大丈夫ですか?」


雅や他の役員から心配げに見られ、俺は気恥ずかしさから憮然として頷いた。


「…心配ない」


 そう答えたのだが、皆にやたらと過剰に心配され、片付けはいいからすぐに帰れと執務室を追い出されてしまう。


 俺は嘆息し、仕方なく踵を返した。

 確かに、身体が普段より重く、瞼の奥が鈍痛を訴えている。
一先ず自宅に戻り、明日の為に身体を休めねば…

己の自覚としても、この所───
俺は少しばかり…疲れが溜まっていたように思う。



* * *



「生徒会活動なんて、一生僕に無縁だと思ってたなぁ」


 居慣れた筈の生徒会執務室。
───だが、目の前のそれはまったく見慣れぬ光景だ。

威厳を表すかのように他の椅子より一回り大きく背も高い会長席で、総司が肘掛けに頬杖を着き、脚をゆるりと組んで座していた。

…所謂だらしない座り方でだ。


「…沖田さん、会長に相応しい振る舞いをお願いしますね」


「はいはーい」


 くるり、と座したままの椅子を回転させながら軽い返事を返す総司に、雅と俺は溜め息を吐く。

前期中の会長は第三学年の女生徒で、見るからに品行方正な会長に相応しい女性だった。
…故に、この落差には俺も目を覆いたくなる。


 この後期生徒会役員の顔ぶれは第二学年以下の生徒で構成されており、総司の態度を咎めるとすれば奴と親しい雅や俺くらいのものだろう。
周りの後輩役員達は、女生徒ということもあってかクスクスと苦笑を零しつつも、俺達のやりとりを微笑ましい光景かのように眺めていた。

これからの時期、第三学年の生徒の一部は大学受験を控えており(大多数は大学部までエスカレーター式に進学する)、後期選挙は端から役員候補自体が第二学年以下の生徒間で行われている。
そのため、今期新たな会長が選任されることは自明だったのだが、…まさかこのような光景を目にしようとは…。


 とにかく、生徒会活動が初めてであろうと、会長に選ばれた以上総司には執務をこなして貰わねばならん。

俺は気を取り直すと席を立ち、常の通り副会長として議題を読み上げることにする。


「───では、本日の議題…後期生徒会役員による生徒総会開催について」


生徒会活動二期目の生徒達が漸く普段の流れに移ったことにほっとし、続いて表情を引き締めた。



 ───兎にも角にも、俺達は話し合いを開始したのだが……話し合いの最中もペンを回し、早々に飽きた風の総司。
徐に隣席の雅へ身を寄せ、ひそひそと話し掛けているのが目に入る。


「(ねぇ雅ちゃん、今日生徒会終わったら一緒に帰ろうよ)」


「(…沖田さん、話し合い中です)」


「(うん、だから終わったらね?…約束)」


「!?」


 一方的に約束を取り付けられ、何を言っているんだという目で慌てて総司を振り向く雅、しかし奴は機嫌良さそうに頬杖を着いて他所を向いている。

総司はどう見てもふらふらと集中力に欠いているように見えるが、話し合いの中で会長の意見を求められればそれなりの答えを返していた。
つまりは、話を聞いていないようで聞いているらしいが…


「(───ねぇねぇ、そういえばこの間駅前に新しいクレープの店オープンしたでしょ、あれもう食べた?)」


 暫くすると、懲りもせずひそひそと余計なことを話し掛けては、


「…沖田さん」


「はいはーい…」


雅に冷ややかな笑顔で視線を寄越され、奴は小さく肩を竦め大人しくなる…ということを繰り返していた。

 全く、止せば良いのに怒られると承知の上で構っているようにしか見えん。
感心すべきではないが大した度胸だな。
…あの雅の笑みは俺でも肝が冷える…。



* * *



 外は小雨が降っていた。

音もなく静かに降り続く細かな雨は、傘を差していても肌に当たっているのだろうか…随分と肌寒さを感じる。

人影もまばらな、少し霞がかったような街を行きながら、俺はそんな少し前のこと───後期役員が初めて顔を合わせた日のことを何とはなしに思い浮かべていた。


思い返せば…この学園に転入してから怒涛の半年間が過ぎた。


 物心付いてから離れることなどなかった雅と、一瞬近付いたかに見えたが…すぐに意を決して距離を置くことになり、彼女と総司が睦まじくする様を見ることなどないよう意識して目を背けて。

前期試験、球技祭が終わればあっという間に夏休みに突入し、その間の俺は只管剣道に没頭した。

 そして迎えた新学期。
まだ暑さも残る時期、いかに優秀なこの学園の生徒でもやや集中力に欠けてしまうことは致し方ない。
勉学に身が入るタイミングではないことも考慮されているのか、上手い具合にそんな時期に文化祭の日程が組まれており、夏休み明けには慌しくその準備に追われていた。


 翌10月、後期生徒会役員選挙。
総司が立候補することを公示で知り驚きを隠せなかった。
部で顔を合わせても何も話さなかったというのに…。

だが、理由など明らかだ。
奴が生徒会活動に興味がある筈も無い、ただ…雅の傍にいたかったのだろう。

そして驚くべきことに…見事、生徒会役員会長へと就任したのだ。


 奴がリーダーに相応しいのかと問われれば正直首を傾げてしまうが…会長は生徒会の、そして学園の顔だ。
故に会長の器としては雅の方が上だろうとは思うものの、総司は雅と対で人気があり、奴の人気の一端は、恋人である雅の人気でもあるのだろう。

何れにせよ、生徒会を動かしていくのは会長一人ではない、役員全員なのだ。
その顔となる立場ならば、華やかな魅力のある奴にも案外似合いの役職と言えるやも知れんが…


 ───そのようなことよりも。

己の中における重大な問題は、この二人が共に居る様を生徒会活動の中でも目にしなければならぬことだった。

最早、俺が雅と共に居る空間で総司の居らぬところなど残されていない。
これまでは生徒会活動の場が唯一のそれだったが、今となってはそれすら…。

そのことが俺に酷く苦痛を与えていた。

思った以上に己を苦しめるその状況は、知らぬ間に俺の内に鬱憤を蓄積し疲労させていたに違いない……


 
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