アクマでキミのモノ!

□6.叶ったもの、敵わぬもの
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 はじめが熱を出すなんて…
風邪のような様子は無かったけれど、いつから具合が悪かったんだろう?

はじめってポーカーフェイスだし我慢強いし…絶対、結構前から無理していたんだわ。


「雅ちゃん、もしかして…はじめくんのとこに行くの?」


 なんだか私まで落ち着かなくて慌しく帰り支度を整えていると、不意に沖田総司が真顔で聞いてくる。

はじめと幼馴染であることは伏せているから、咄嗟に周りの耳が気になって辺りに気を配るけれど、直ぐ傍には他の役員もおらず向こうで資料を片付けながら談笑しているから…話は聞かれていないみたい。

彼もちゃんとその辺りは気遣ってくれているのかも知れない。


 …そりゃ…私だって行けるものなら行きたいけれど…
でも、一人で部屋に来るなって言われてるし…きっとおばさまもいらっしゃるだろうし…

行っても迷惑になるんじゃないかしら…


「…おばさまがいらっしゃるから必要がないもの…行かないわ」


「ふぅん、そう…」


 どうしてそんなほっとしたような表情をするの?
まさか、二人きりにしたら告白でもしちゃうんじゃないかって心配してる?
そうしたら貴方との約束が無効になってしまうから。

だけど、そんな心配しなくても、私には想いを告げる勇気なんて…無いのに。


 私は密かに小さな溜め息を吐いた。


 ───勿論、今でもはじめへの想いは変わらない。

何か原因があって一時的なものかと思いたかったけれど、はじめの余所余所しい態度は相変わらずで……親しく話す機会すらないままで。
以前の彼を思い出す度に傷付くけれど、人との付き合いって一方的な想いではどうにもならないから。

何とかしたいとは思いつつも、どうする手立ても思いつかなくて…今日に至ってしまっていた。


 逆にこの沖田総司とは、もう付き合っている振りだとかそんなことは余り気にならなくなっていた。

この人の馴れ馴れしさにも最早慣れてしまったし、初めの印象が強烈に悪過ぎた所為か、彼が変わったのか…判らないけれど。
もう一緒に居ることを居心地悪くは感じないし、この人、あんなに意地悪だと思っていたけれど根は優しいと思うの。

子共みたいに無邪気な一面もあって、…まぁ、その所為で困らされることも度々なんだけど。


 とにかく、同じクラスの友人として、今は生徒会役員の一員として、上手く付き合えていると思う。

誰彼構わず、私にまで気軽に他校の子にするようにちょっかいを出してくるのには手を焼いているけれど。
…だって、一瞬、なんだか本気で私のことを想っているんじゃないかと思い違いしてしまいそうになる位、彼の言動ははっきりしているんだもの。

でも、確か本命の子がいるって以前本人から聞いたのよ…。
私に構っているくらいだから、まだ上手くいっていないのかしら。

その人と結ばれれば、付き合っている振りなんて不要な筈なんだけど…。


 後輩役員の子達が彼に話し掛けているのを横目に、私はそんなことを思いながら皆に挨拶をして執務室を後にした。



* * *



 自宅に戻り、明日の授業の予習が終わった頃。
一息吐いて背を伸ばしながら…どうしてもお向かいの窓が気に懸かる。


 …はじめ、具合大丈夫かしら。


何となくベランダの窓越しにお向かいを眺めると、ふと違和感を覚えた。


 …おかしいわ。
もう18時を回っているし、とうに陽は落ちているのに…リビングの雨戸が閉まっていない。
それに、電気も点いていない…まるで一階には誰も居ないみたいじゃない?


まさかとは思うけれど、何か用事があって出掛けているとか…とにかくおばさまが不在なんじゃないかと胸騒ぎがして、私は急いで起毛の温かいパーカーを羽織ると家を出た。


 毎日はじめの家にお邪魔していた時のように勝手にドアを開けるのも、習慣でなくなってしまえば気が引けて、一度だけインターフォンを鳴らしてみる。

暫く待ったけれど、応答はない。

おばさまが不在だったとして、無理をしてはじめに応答させたりしなかったことに安堵しながら、私はそっとドアを引いた。

 …鍵が、開いてる…


「お邪魔しまぁす…」


 とりあえず中に声を掛けるけれど、一階は明らかに無人だった。
真っ暗な室内に静かに響く自分の声にちょっと緊張しながら階段を見上げ、一つ息を飲むと私は中にお邪魔することにする。


「はじめ…?」


 ノックの後、控えめに声を掛けたけれど部屋の内側からも返事がない。

向かいの窓から見た際もカーテンが開いていて消灯したままだったから、きっと部屋で大人しく寝ているんだろうなとは思っていたけれど。

ドアの開く小さな音も起こしてしまったらどうしようと気になりつつ、私はそっと中を覗き込んだ。


「…………。」


 はじめはしっかり布団を肩まで掛けて眠っているようだった。
頭はあちら側だし部屋は暗かったから、布団から覗く髪の毛しか見えなかったけれど。

とりあえず穏やかに眠っているようで安堵する。


 私は再びそっとドアを閉めると、一階の戸締りをした。
雨戸を閉めて、電気を点けて。

 ダイニングテーブルにメモを見つけると、そこには案じていた通り…


『今日は予定の通り、20時頃の帰宅になります。
料理は置いておきますので、歳三さん達もお呼びして温めて食べてくださいね。  母より』


 …やっぱり、おばさまはいらっしゃらなかったんだわ…。
はじめ、こんな時に限って一人だなんて可哀相に…


 沖田総司が人差し指で触っただけですぐに「熱い」って言っていたことを思うと、熱は結構高いのかもしれない。
こんな時くらい、頼ってくれたらいいのに…

そう思うと私達の距離感が切ない…
私は憂いを払うように頭を振り、取り敢えずボウルに氷水を用意し、タオルと体温計を持つと再び彼の部屋へ上がった。


 真っ暗では様子も見えないし看病もし辛いけれど、部屋の電気を点けることは躊躇われて、ドアを開け放ち廊下の電気を頼りに彼の様子を伺ってみる。

驚かさないようにゆっくり額に手を触れさせると、多分…38度位はありそう。
起きてくれるまで体温計を挟むのは難しいなと思いながら、一先ず氷水に浸したタオルを絞り、汗ばんだ顔周りを拭ってみる。


「……っ…」


 タオルを当てた瞬間、少し眉を顰められてぎくりと手が止まるけれど…きっと冷たい所為でそんな反応になってしまっただけだ。
はじめはすぐに詰めた息を吐くと、心地良さそうに力を抜き、再び穏やかな寝息を立て始めた。


 ───こんな風に、はじめを傍でじっと見つめるのはどれくらいぶりかな。
眠っている時ならこうして傍に寄ることが出来るのになぁ……


 私は嬉しいような寂しいような気持ちを胸に、ベッドサイドで飽くことなくその綺麗な寝顔を眺めていた。


 
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