5.夢の先まで…
□薫と千鶴
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「総司くん、身体は大丈夫でしょうか…心配ですね、土方さん」
「餓鬼じゃねえんだ、てめえのことはてめえでどうにかするだろうよ」
筆を動かしながら不意にそう話し掛けた私に、同様に書き物をしている土方さんは手元から目線を動かさず平然と答える。
そうは言っても…面倒見のいい土方さんのことだから絶対気に懸けてる筈だと思う。
私は彼の台詞にそうですねと一応の相槌を打ちつつも、言葉を続けた。
「病気のこともそうですけど…羅刹の吸血衝動とか…大丈夫かなぁ…やっぱり一緒に行くべきだったかな…。
でも、総司くんが一人で行くって聞かなかったんですもんね…。
吸血衝動を抑える薬は持たせたけど…絶対飲まないと思いません?
総司くんて、お薬大っ嫌いですもんね」
苦労して風邪薬を飲ませていた頃の事を思い出して、私は思わず眉を顰めてしまう。
(…うん、一人じゃ絶対飲まないと思うなぁ…。
もしも旅先で吸血衝動が起こって死にそうに苦しくても、総司くんなら薬飲まないで耐えちゃいそうだよね…)
私なんかよりずっと彼との付き合いが長い土方さんのことだ。
きっと同じように何か思い返したエピソードでもあるのか、土方さんも目線はそのままに口許へ苦笑を浮かべた。
「…そうだな。総司のやつは昔っから薬が駄目だったな」
一見冷静に筆を動かして見えるけど、その横顔で寂しげに揺れる瞳の奥には…
きっと近藤さんも含めた、仲間と過ごした懐かしい過去が浮かんでいるんだろうな…。
───お骨を新選組へ届けた後。
近藤さんを故郷へ連れて帰る役目は、総司くん自らが買って出た。
確かに、例えば天霧さんが突然近藤さんのご実家に伺ってお骨を差し出しても奥さんをかなり驚かせてしまうと思うし。
その他のどの隊士が行くよりも…昔馴染みの総司くんから届けた方が、少しでも慰めになるかも知れない。
労咳のこと、羅刹のこと…彼に関しては人一倍心配ごとを抱えていたけれど、総司くんは絶対にこの役は自分が引き受けると頑として譲らなかった。
本当は戦線を総司くんが離れることは新選組にとって痛手だったろうし、彼を一人にすること自体心配でもあっただろうけど…
土方さんも彼の気持ちを汲み、最後にはそれを許した。
そうして、今総司くんは一人隊を離れて近藤さんと故郷へ向かっている。
「土方さんも、あんまり無理しないで休んでくださいね。
まだ傷だって完全に癒えたわけじゃないんですから」
「寝込む程の怪我じゃねえよ」
そう強気な発言をするけど、その実、土方さんの着物から覗く胸元や腕にはまだ痛々しい傷があり包帯が巻かれている。
近藤さんが投降して以来も、戦は変わらず続いていた。
新選組は大鳥さんら旧幕府軍と合流し、宇都宮城の戦いにも臨んだし…重症とまではいかないものの、先鋒軍を率いた土方さんは負傷している。
今も本来、こんな風に起き上がって仕事ばかりしている場合じゃないと思うのに、土方さんは私なんかが言っても聞かないんだもの。
「大鳥さんも心配してるんですからね」
「あれはちまちまと小煩ぇからな…」
「もう、またそんな言い方して…」
宇都宮城の戦いの後、それまでは完全にそりが合わなかった風の二人も少し距離が近付いた気がしたのに。
「いい人じゃないですか、大鳥さん。
気配りも繊細で、物腰柔らかくて。好きだな、私」
つい本音で大鳥さんをそうフォローすると、土方さんは初めて手元からこちらへ目線を移して、にやりと意地悪く口の端を上げた。
「へえ、そうなのか。んなこと言って、風間に聞かれても知らねえぞ」
千景はここに来ていないのに、どうやって聞かれるっていうんだろう…。
…伝わるとしたら、人づてにしか有り得なくない…?
そう思い至り、私は慌てて愛想笑いを顔に貼り付けた。
「…ひ、土方さん、面白がって変な風に千景に伝えたりしたら駄目なんですからね…!」
「…そりゃあてめえの態度次第だな」
口許に意地悪い笑みを浮かべたまま、土方さんはわざとらしく目を逸らすと素知らぬ顔で再び書き物を始めた。
「ちょっ…土方さんともあろうお方が!脅す気ですか!?」
「さあな……あぁ、そういや長く書き物をした所為で肩が痛ぇな」
「…お、お揉みしますっ…喜んで!」
慌てて筆を置き土方さんの肩に飛びついた私の手に、低い笑い声が振動してくる。
きっとからかってるだけだよねとは思うものの、誤解から千景に嫉妬されるようなことは避けたいもん……
千景がイラっとしたら、本当に怖いんだから…!
私は余計なことを言うんじゃなかったと膨れながら、本当にがちがちに凝っている肩を一生懸命解してあげることになった。
だけど、こうして少しずつ私をからかって遊ぶだけの心の余裕が生まれてきたなら嬉しいことかも知れない。
身体も心も傷付いている今の土方さんには、こういうちょっとした緊張の解ける時間だって大切なんじゃないかと思うから。
* * *
今別行動しているのは、会津に居る斎藤さん、井上さん。
そして里帰りしている総司くん。
土方さんと一緒にいるのは山南さん、そして監察方の島田さん、山崎さんも。
なんだか、知ってる薄桜鬼のストーリーよりも随分大所帯だ。
きっとそういうことも手伝って、土方さんは自暴自棄にならずに済んでいるのかも知れない。
(ここに、近藤さんも居てくれたら…)
そんな詮無いことを不意に思い浮かべては、私は払うように頭を振る。
戦は確実に幕軍を劣勢に追い込んでいるけど、私達は会津へ向かっていた。
その後はきっと仙台へ、そして北海道へ移るんだろうな…
総司くんが私達の元に戻ってきてくれたのは、彼が出発してから一月程経った頃───土方さんの身体の傷も大分癒えて、行軍を再開し始めた時だった。
「おかえり〜総司くん!…わあぁ!?」
喜んでお出迎えすると、少し日に焼けた総司くんが徐に私を抱きしめて頭を撫でてきた。
私は驚いてとにかくその胸を押し返す。
「うん、ただいま。…僕が居なくて寂しかった?」
力の限り押しやっているのに、甘えて平然とそう言う総司くん。
なんか、大分忘れ掛けてた…!
久しぶりかも、彼のこういう強引な行動は…!
「う…う、うん、勿論…皆、寂しがってたよっ…!」
「まりちゃんは?」
「えっ、まぁ…そりゃ……ていうか!
そんなことより!身体は大丈夫?大変なこととか…無かった?」
漸く腕から解放されて肩で息をしていると、総司くんは懐から一通の手紙を取り出した。
「うん、ちょっとはあったかなぁ…変わったこと。
…道程で、南雲薫に会ったんだよね」
「ええっ!?…か、薫に!?これっ…薫から!?」
───“千鶴へ”
差し出されたそれの表には、男の人のものには見えない流麗な文字でそう宛名が書かれていた。