いつまでもふたりで

□3月12日
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「初めまして福村さん、如月澪です。これからしばらくここでお世話になることになりました、不束者ではありますがどうぞよろしくお願いします。」

そういって澪も同じく丁寧に頭を下げれば雪乃はどこか安堵したように澪を見つめていた。

「まあ……景吾さまががあまりに過保護になさるからどんな方かと思えば、立派な方で私安心いたしました」
「え……?」

高々礼をした程度でここまで安心されるとは彼女にはいったいどんなイメージが伝わっていたのだろうと澪は思う。そんな澪を尻目に雪乃は笑顔で話を続けていた。

「澪さまがこちらにいらっしゃった日からたまたま私は休暇を頂いていたのですけれど今日メイドたちの話を聞いてみれば高校生くらいの女の子を景吾さまが連れ込んでいるとのことでしょう?私びっくりして……いったいどんな人なんだろうって景吾様の事だから見る目は確かだろうけど、それでも相応の方でないというのは景吾様が日本に来てからの乳母役を務めさせていただいていた私としては心配で心配で……でも実際見てみればこんなに清楚なお嬢様でしょう?……ホントに私安心いたしました。こんなに素敵な人を景吾様が連れてこられたと知って乳母役としては誇らしい限りですわ」

まさに立て板に水といった勢いでまくしたてる雪乃に澪は唖然として彼女を見つめる。跡部はそんな澪の様子を楽しんでいたようだが、さすがに話が長いと思ったのか雪乃に声をかける。

「おい雪乃、もういいだろう。澪と話したいのなら改めて俺様のいない時にでもしていればいい」
「はい、坊ちゃま。もちろんお邪魔はいたしませんよ……では澪さまこれを」

そういってしぶしぶながらに話しを切った雪乃が差し出したのは小型のリモコンのようなものだった。不思議そうにそれを受け取り、澪がこれは……と小さく呟く。

「御用がございましたらそのリモコンの赤いボタンを押してくださいね、すぐに私が駆けつけます。青いボタンを押せばいわゆる通話状態になり、その場でご用件をお聞きいたしますわ」

朗らかに笑みながら雪乃は言う。

「わかりました……。もしもの時はよろしくお願いします」
「もしもでなく、いつでもお呼びくださいませ。いずれ跡部家の若奥様となるかたなのでしょうから」
「ああ、雪乃よくわかったな」
「景吾さまの溺愛具合を見ればよくわかりますわ、それでは失礼いたしますわね」

そういってそそくさと雪乃は書斎を出て行った。結構忙しい人らしい。澪はぽかんと彼女の後姿を見つめ目を瞬かせる。

「景吾くん……あなたの乳母ってイギリスの方じゃないのね、執事さんはそっちの方なのに」

唖然とした澪の口から出てきた言葉はそれだけだった。跡部の側近の執事は9年前と変わらず老執事なのだが彼女は純日本人らしかったのだ。

「アイツは俺がこっちに来てからの乳母役だな。よくしゃべる奴だが仕事は早い……俺様がいない間に何かあったらアイツに頼め」
「ええ……明日改めて挨拶しておくね」

小さくため息をつきながら澪は跡部を見上げた。しぶしぶながらに了承をしたにもかかわらず、彼女はどこか仕方ないと笑みを浮かべていた。ずっとそうだった。跡部との身分の差に戸惑って、それでも彼の強引さについてきて。

そんな9年前の日常が還ってきたような、そんな気分に澪はなったのだった。
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