いつまでもふたりで

□プロローグ
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優しい春風が頬を撫ぜ、暖かい陽気に包まれる季節となった。開花にむけ、膨らむ桜の蕾は今にも花開きそうで今週中には開花宣言が出されるのではないかという情報も耳に入ってくるようになった。

そんな春の陽気の中の事だった。かなりの知名度を持つ財閥の総統の本家だということで有名な屋敷の書斎に1人の男がいた。

書斎はその屋敷の外見に相応しく高級感に溢れ、海外の有名な著書もちらほらと本棚に見られる。だがどうしてか照明は落とされ部屋はがらんとした喪失感を醸し出していた。どうしてか仄暗いその部屋いる男――その部屋の高級感や上品さに似合う容姿を持った男であったが、部屋と同じくどこか寂しげな色を表情に灯しているかのように見える。

黒い皮のソファに腰掛ける男の膝の上にはノート、手には手紙のようなものがあった。彼は手紙を一心に読んでいるようで瞬きさえも惜しむように食い入ってその紙を見つめていた。

やや右肩上がりの線の細い楷書体で綴られたその紙には男に対してであろう言葉がいくつも書き出されている。すべて男を想う言葉ばかりだ。それを読み終えたのか男は目頭を押さえると小さくため息をついた。

「バーカ……」

ぽつりと呟かれた言葉はいったい誰へ当てられたものかも分からずに部屋の空気に飲まれ消えた。男は手紙を膝の上に置き、徐に指輪を嵌めた左手で胸元からペンダントを静かに取り出す。そのペンダントにはめ込まれたダイヤモンドは美しい瑠璃色を帯び、この暗い一室のなかでも輝いていた。

男はそのダイヤモンドを愛おしげに見つめて軽く口付けを落とす。角度を変えれば輝きを増やすそのダイヤモンドに男は小さく微笑んだ。

「……澪」

小さく囁いた女の名前。
それと同時に彼の膝からノートと手紙が滑り落ちる。ノートは床に落ちた衝撃で開かれ、内容を公にさらけ出した。

春、夏、秋、冬――――そのノートには愛の記憶だけが綴られていた。
 

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