いつまでもふたりで

□3月8日
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仕事帰り、跡部は花と有名会社のチョコレートを持ち車をまずは彼女の実家に向かわせた。あの一件があってからは澪の両親は引っ越してしまっていた。

澪と暮らしたあの家に住むのが辛いと引越しの際に跡部はそう聞いていた。だが、彼女の生きた場所を売り払うのを嫌った跡部はすぐさま彼女の両親を説得し、自分がその家を買い取ることに決めた。

現在、その家は空き家で自分がその場で彼女の軌跡を感じるほか、定期的に信頼のおけるメイドを掃除に向かわせるだけになっている。しかしそれでも、跡部は彼女の生きてきた軌跡の一部が、誰にも汚されずに保たれているという事実だけで満足だった。

澪の母と少し話をした後、跡部は仏壇の中にある彼女の写真を見つめた。

アイツがいなくなってもうどれだけの時間が過ぎただろう――。跡部はチョコレートを供え、線香に火を付けた。小さな赤い光が先端に灯る。

テニス部のマネージャーであり、跡部の恋人であった如月澪は9年前、事故でこの世を去っていた。飲酒運転、犯人は白昼堂々酒を飲み、スピードを既定の幅を超えて走行していたと聞いている。しかも前科者ということもあり懲役10年の刑期が言い渡され、未だ服役中だ。

当時のことは跡部自身覚えているようで、その実靄がかかったかのように鮮明に思い出すことはできなかった。ただただ息をすることさえ辛く、色付いていたはずの世界が一瞬にして褪せてしまった花のように朽ちて見えていたことは覚えている。ただただ虚ろにその時をすごした。

しかしテニスや勉学に打ち込むことで、内面から溢れんとする哀しみを抑え込み、年月が経てば絶望は諦観に変わった。以前のように墓前にじっと立っていることは今はもうない。

ゆっくりと仏壇を拝んだ後、跡部は再び車に乗り込み、澪の一部が眠る場所へと向かった。付き人は車で待たせ、ひとりで澪の墓前へ向かう。だが既に墓は整えられ供え物がいくつかなされている。彼女の友人か仲間か両親か。

跡部は持参した花――バラを1輪、供えられている花の中へ加えると線香に火を付け手を合せた。

本来バラは供え物として向かない、棘を故人が痛がる、仏に失礼だという話が昔からあるが彼はそういうことなら、とバラの棘は取り去り、きちんと彼女の両親の許可を得ている。その墓所に参る人はその赤いバラを快くは思わなかったが9年という月日の間にバラを供えている人物がどういう人間か知ったようで今となっては何か言う人間もいなかった。

そうして十分に拝んだ後、跡部はじっと彼女が眠っている場所を見つめた。この下に彼女が眠っているということを未だ実感できないまま、跡部はすっと墓石を撫でる。無意識に、自分の胸元を握りしめた。

「俺は今でもお前を……」
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