いつまでもふたりで

□3月9日
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翌朝、部屋に差し込んだ朝日によって跡部は目が覚めた。

何故か地面に座り、ベッドに凭れかけていて眠っていた身体を起こすと辺りを見回した。ちらと時計を見てまだ仕事に遅れるような時間ではないことを確認する。そして自分は何をしていたんだろうとぼんやりとした頭を抱えた。

「俺は……?」

昨日は……と少しばかりぼうっとしていると昨日のことを思いだし、ベッドを振り返る。ベッドの上に澪は居なかった。

「澪!!いるのか!?」

冷や汗が背筋をさっと駆け抜けて行った。不安と焦りに跡部の心が曇る。今にも吐きそうなほどの不安を感じながら立ち上がれば、肩から毛布が滑り落ちた。

「澪!!」

まさか夢だったのか、いや、そんなわけがない。あんなにリアルに澪はそこにいたんだ、俺を置いていくはずがない。

酷く焦った彼の声が室内に木霊する。その瞬間控えめに部屋の扉が開けられた。

「呼んだ?跡部くん」

トレーにティーカップを2つ乗せ、澪が不思議そうに立ち上がっている跡部を見た。呆然としている跡部を尻目にテーブルにカップを置きながら澪は跡部へ話しかける。

「20分ほど前に目が覚めたものだから、もうすぐ跡部くんも起きてくるだろうと思って外にいたメイドさんに」
「澪……」
「きゃっ」

澪の言葉を遮り、跡部が澪の背後から思い切り彼女の背中にしがみ付いた。驚いた澪はトレーを取り落して、跡部の胸の中へ抱き寄せられる。床に落ちたトレーが虚しく音を立てた。

「跡部くん……?どうしたの?」
「いや、情けねえと思ってな」

澪の背後で跡部の手に力がこもった。

「え……?」
「お前がまたいなくなったかと思うと、バカみたいに不安になった……悪い」
「……心配させちゃったんだ。ごめんね、急にいなくなって」
「いや、まだまだ俺がガキなだけだ、気にするな」

腰に巻きつく跡部の手に触れ、澪はくるりと反転し跡部の方へ向き直る。彼のアイスブルーの瞳を静かに覗き込めば、少年の頃には無かった深い蒼が静かに揺らめいている。澪は白い両手で彼の頬を包みこんだ。

「ごめんなさい、本当に……跡部くんを不安にさせる気はなかったの……私はここにいるから安心して、ね?」

そういってふわりと跡部を諭す様に笑う。少年時代にもよくこうやって宥められていた。

「早くしないと仕事に遅れちゃうよ?準備、手伝うから」
「ああ……」

跡部の腕をすり抜けて行った少女を彼は目で追い掛ける。いつだってそうだった、俺の心はアイツに振り回されてばかりだ。1人で不安になって嫉妬して、そのたびに宥められてきた。

「跡部くん?」

澪がいない間、俺はどうやって生きていたのだろう。お前を失っていた昨日までの事がもう思い出せないなんて。
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