いつまでもふたりで

□3月14日
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「澪、こっちにこい」

夜、風呂上がりの澪が髪を梳かしながら物思いにふけっていると、唐突に跡部が澪に手招きをした。澪は櫛を近くにあったテーブルに置き、ソファから立ち上がる。そして静かに跡部の方へと歩み寄った。さらりと澪の髪がシャンデリアの光に煌めいた。

「どうしたの?」
「ここに座れ」

そういって指し示したのは彼の目の前にあるソファだ。澪は頷いて言われた通りにソファに腰掛け、正面に立っている跡部を見上げた。

「なあに……景吾くん?」
「澪」

跡部は澪の左手を手に取り、指先に口づけを施す。澪は困ったように首を傾げて微笑むと再びどうしたのと跡部に問うた。跡部は澪の瞳を覗き込みながら優しく囁きかける。

「そのまま目、閉じろ」
「え?ええ……」

澪はぎこちなく不思議そうな表情を浮かべたまま頷くとゆっくりと瞼を閉じた。長い睫毛が微かに揺れる。澪の手を優しく包むとそっと手の中にあるものを彼女の指へと通した。澪の睫毛が微かに揺れる。もう一度跡部は澪の指にキスを落とすとふっと口元に笑みを浮かべた。

「目開けてもいいぜ」

そう声を掛けられ恐る恐る澪は目を開く、そしてはっと息を呑んだ。澪の左手の薬指には美しいダイヤモンドが光を受け煌めいていた。

「これ……。景吾くん」
「今日はホワイトデーだったろうが、お前にプレゼントだ」
「でも私……、何も景吾くんにあげてないよ」

動揺を隠しきれていない澪は震えた声で跡部を見上げる。跡部は澪の隣に腰掛けると右手で澪の肩を抱き、左手で澪の左手を握った。跡部の手にも同じダイヤモンドの指輪が光を放っている。

「お前はここにいるだけで……、それだけでいい」
「景吾くん……」
「澪」

跡部の紺碧の瞳が澪を静かに見据えた。澄んだその瞳は澪の漆黒の瞳を捕え、甘く優しく澪を包み込む。慣れているはずなのに澪の胸はどくんと大きく音を立てた。いや、彼とのことで慣れていることなどあろうか。ずっと変わらない、いつまでも彼といるときはすべてが新鮮だ。もちろん、今でも。

「俺様と結婚しろ」
「景吾くん……」
「もう二度と離さねえ。……だからお前のすべてがほしい」

強く、澪の手を握りしめて跡部は澪を見つめる。澪は迷いを隠しきれていない表情で俯いた。跡部の言葉が嬉しくないわけではない。しかし、澪は素直に跡部の言葉を喜ぶことができなかった。

「嬉しい、嬉しいけど……」
「けど……、なんだ?」
「私は……、普通の人間じゃない」
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