いつまでもふたりで

□4月1日
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エイプリルフール、それは嘘をついて良い日である、嘘をつけるのは正午までに限るという話もよく聞くが真偽の方はよくわからない。

今日がそのエイプリルフールなのだがすでに時間は午後、そもそも跡部に嘘をつく気にもなれなかった澪は跡部の書斎で紅茶を飲みながら本を読んでいた。跡部はというと明日、何やら大事な会議があるらしく未だその準備をパソコンを用いて行っていた。

そんな彼に澪は時折、視線を寄せながらがんばっているな、とほほ笑む。跡部の真剣な表情が澪は好きだった。いや、跡部の表情に好きも嫌いに大差はなく特に気にいっているというのが正しいだろうか。

跡部から目を離し澪が再び本へ目を向けると、後ろから腕が伸びてきて澪の身体を強く抱きしめた。

「澪」

まるで母に甘える子供のように跡部が澪の名前を呼ぶ。

「景吾くん、お仕事終わったの?」

澪は本を閉じ膝の上に置くと、目を伏せながら静かに跡部に問うた。

「あの程度どうだっていい。お前との時間の方が大切だ」
「景吾君ったら、そんなのダメだよ」

澪が困ったように眉根を寄せて跡部の手に触れた。跡部は不敵に笑いながら澪の首筋に顔を埋める。

「安心しろ、もう終わった。……ったく、俺様のことなんざ心配する必要ねえ」
「もう……そういえば景吾くん、今日はエイプリルフールだね」

澪は跡部の手を離して跡部の方へ向き直る。そして跡部の髪を撫でながらふんわりと笑った。

「何か嘘、ついてみた?」
「フン、んなくだらねえことしてねえよ」

馬鹿馬鹿しいと跡部は笑う。確かに跡部は嘘をつくよりもやるべきことばかりで、それどころではなかった。たとえ時間があったにしても跡部が嘘をついたとは考えにくいのだが。

「ふふ、そっか。私は嘘つこうかなあって思ってたよ」
「誰にだ?」
「景吾くんに。景吾くんのこと嫌いだよ、なんて」

茶目っ気を見せながら澪が口元に手を当て微笑んだ。そして跡部の頬を両手で包み込めば眉根を下げて跡部を見つめる。

「でも言えなかった。嘘でも景吾くんに嫌いなんて言えるわけない、たとえそれが嘘だとしても」

澪が跡部の頬に軽く触れるだけのキスをして髪を揺らした。跡部はというと全く、と呆れた風に微笑む。澪の惜しげもない跡部への想いをここまで露わにされることが嬉しいようでありなんとなく気恥ずかしい気もした。愛を囁くのはいつも自分だからだろうか。

「フン、俺様はお前の可愛い嘘を受け入れるくらいの度量はあるつもりだがな」

跡部はにやりと笑いながら澪の髪にキスを落とす。だが澪は跡部を見つめて切なげに微笑んだ。

「景吾くんの心の広さは十分に私は知ってる。でもね、こんなに私を想ってくれる景吾くんに対して、たとえ嘘だったとしても嫌いだなんていうのは景吾くんの気持ちに対する冒涜だと思うから」

たかがイベントであろうと跡部にだけは嘘をつきたくない。小さな嘘が破滅を招いた人間関係などいくらでもあるのだから。跡部は澪の言葉に大袈裟だな、と呆れたように笑う。

「それに、お前にしちゃ珍しく熱いな」
「ふふ……可笑しい?でも景吾くんへの気持ちに偽りを混ぜたくないの。景吾くんへ掛ける言葉は真実だけで十分」

澪は跡部の身体にぎゅっとしがみ付く。彼女の膝の上に置かれていた本が音を立てて膝から滑り落ちた。不意を突かれた跡部は思わず目を見開いたがすかさず澪の背中に腕を回し、澪の身体を抱きとめる。

「澪?」
「景吾くん……私、ずっと景吾くんの傍にいるから、だから」

切望とも呼べる澪の言葉を跡部は澪ごと受け止める。急に抱擁をもとめるとはいったいどうしたのだろうか……跡部はただただ疑問だったが腕の中の澪を見れば、それよりも彼女への愛おしさの方が彼の中で勝ってしまった。絶対にこの女を手放したくない。

跡部は澪の身体を掻き抱く。ちらりと壁にかかった時計に跡部は目を向ければ時刻は22時58分、4月2日にはまだ遠かった。
 

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