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□何と甘美
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しんとした教室にパンと渇いた音が響いた。
幸村が美代子の頬を何の前触れもなくはたいたのだ。 美代子は突然のことに動揺を隠せず呆然としている。 幸村は冷たく嗤うとぐっとよろけた美代子の胸倉をつかんだ。

「フフ…良い顔してるね。」
「ゆき、むらくん…?」

大切な人。
幸村の頬に笑みが浮かぶ。
美代子にとっても幸村にとっても互いにそれは間違いではなかったはずだ。どうして、と美代子の唇が音も立てずに動く。 その表情に心底、興奮を感じた。

ああ、なんて愛おしい。
幸村は愉しげにそれを見て美代子の首に手を掛けた。

「簡単なことだよ」
「くっ……かっ……」

幸村の手に静かに力がこもる。
酸素欲しさに美代子がどれほど口をパクパクと開いても酸素どころか何も入って来やしなかった。幸村の腕に思い切り爪を立てる。

だがそれでもますますと幸村は愉しげに笑みを浮かべるばかりだ。 目に映る笑みを浮かべた幸村がジワリと霞んで見えなくなる。

「……はっ」
「君の苦しむ顔が見たかったんだ」

するりと幸村の手の力が緩む。
美代子は幸村の手を振り払い距離を置くと大きくせき込み酸素を供給する。 彼女の目は苦しみか……はたまた恐怖を感じさせる涙が浮かんでいた。 愛おしげにそんな美代子の表情を見つめた幸村は一歩、また一歩と澪に歩み寄る。

「い、いや……ゆきむらくん……」
「フフフ……可愛い、美代子」

美代子が恐怖を浮かべて後ずさると幸村は今日一番の笑みを浮かべて美代子に近付いた。 美代子の背中に行き止まりが触れたとき、幸村が美代子の肩に触れた。

「もっと俺に見せてよ」

恐怖におびえる君の顔を。

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