SS

□狭間
1ページ/1ページ



「俺にお前は必要ない」

涼しい風の吹く河川敷で彼が美代子に告げた言葉はあまりに酷だった。わけの分からないままに恐る恐る彼の表情に目を向けると彼は蔑むような目で美代子を見下ろしていた。

「何を……」
「俺が何を言いたいのか、分からないほどお前は馬鹿ではあるまい?言葉通りの意味だ」

酷く冷めた口調で柳の唇から言葉が零れた。
表情では冷静を装っていても美代子の心は酷く動揺していてぐちゃぐちゃな言葉が反芻していた。いつもの彼とはまるで違うような目で美代子を見る。その眼は確実に恋人を見つめるような目ではなかった。

「いきなりどうして……?こんな場所で言う必要なんか」
「お前に使っている時間が一秒でも惜しくなったと言えばいいか?俺はお前と共にいる時間が無駄だといいたいんだが、理解してもらえないだろうか?」

責めたてるような彼の口調は美代子の涙腺をじわじわと刺激してくる。鋭く尖る針のような言葉は晒された美代子の心に容赦なく刺さり、痛みをもたらした。

「私は……」
「お前の言い分など俺には関係ないことだろう?今まで散々お前の言い分に付き合ったんだ、この程度の我儘は許すのが道理と言ったものだろう」

私は何か彼の気に障ることをしたのだろうか……。美代子が必死に考えてみても思い出せなかった、そもそも彼のこんな顔はみたことない。蔑むように、呆れ果てたように美代子を見る柳。彼の冷たい瞳に恐怖を感じた。

「俺はもう行くぞ。ではな」
「……待って!」

くるりと美代子に背を向けて柳が道を歩き出す。意味の分からないままに彼と別れるなんて嫌だ、せめて理由を教えてほしい。美代子が彼の後を追おうとすると一気に視界が真っ暗になった。


―――――――――――
――――



「……!……美代子!」
「……っ!」

揺り起こされて美代子が目をさまし、身体を抱き起すとそこはいつも通りの部屋だった。体中が汗でびっしょりになっている。寝巻が身体に張り付いて気持ち悪いことこの上ない。
そういえば私、風邪をひいて学校休んでたんだ……。ぼんやりと熱っぽい頭で手を見つめてほっと安堵する、そっか今のは夢か……。

「……美代子!」
「え……?」

唐突に肩を掴まれて強引に横を向かされる。
え、と思わず言葉が美代子の口を突いて出た。

「やなぎ、くん……」
「大丈夫か、美代子?」

目の前にいるのは間違いなく恋人の柳で、心配そうに美代子の表情をうかがっていた。彼を見たとたんに急に目頭が熱くなり、美代子の目からボロボロと涙が零れ落ちる。それを見た柳は美代子の頭を抱き寄せ、自分の胸に押し付けた。

「う……っ、く……っ柳く……っ」
「美代子、大丈夫だ。気のすむまで泣くといい」

力なく膝の上に置かれている美代子の手を大きな手で握る。夢の中の彼とは対照的に優しい。そんなことを思いながら美代子は何故か止まらない涙を流し、泣きじゃくりながら柳の胸に縋った。

しばらく時間が経って大分美代子が落ち着いてくると柳は優しく美代子の身体を寝かしつけ寒く無いように布団をかぶせる。

柳は美代子の頬に触れじっと美代子の表情を見つめると長い指ですっと赤くなった目じりをなぞった。目じりにヒリヒリとした痛みを微かに感じる。

「お前が風邪をひいたと聞いて見舞いに来てみれば、魘されているのだからな。悪い夢でも見たのか?」
「うん……」

美代子は熱っぽく怠い身体を動かして潤んだ瞳で柳の方を見あげる。先ほどの夢のせいで震える唇で小さく言葉をつぶやいた。

「柳くんに、嫌われる夢をみた……」
「俺に……?」

ぴくりと柳の頬が引き攣る。美代子はそれを見てしゅんと眉を下げ、目を伏せた。だが先ほどの柳の引き攣った表情がどこか引っかかる。それでも気にせずに自分の感情を言葉に表した。

「怖かった……。急に必要ないって言われて……。」
「美代子」

すこしヒヤリと冷たい手で美代子の頬に触れる。その冷たさが熱のため体温の高い美代子には心地いい。

「ごめん……、女々しいってわかってるけど……。柳くん、私の事きらい……?」

安心したかったかもしれない。でもそんなことを聞くなんて最低だと言ってみてすぐに思った。そんなことを言うなど彼の気持ちを疑っているようなものだ。

「ごめん……やっぱり、いい……。」
「美代子……」

名を呼ばれて美代子が顔を上げるとくいっと柳に顎を固定され激しく口付けを落とされた。いつもの柳だとは思えないような荒々しいキスに美代子は驚き、美代子は柳の服の胸元を掴んだ。

ちゅっと音を立てて唇が離れると潤んだ瞳で息も絶え絶えに美代子が呟いた。

「かぜ……移るよ」
「移してしまえばいい」

鋭い瞳で美代子を見つめ、美代子の髪を掻き揚げながら低い声で甘く囁く。彼は澪の横たえられた身体を抱き寄せて、美代子の耳元に顔を寄せた。

「すべて俺に移してしまえ。お前の風邪も不安も、すべて俺が受け止めよう」

ぐらりと美代子の視線が揺れる。恋人にこんな言葉を言われてうれしくないわけがないだろう。だが、身体を降ろされて見上げた彼の表情に先ほどの引き攣った彼の顔を思い出してまた私は違和感を覚えるのだった。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ