いつまでもふたりで

□10月17日
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跡部邸の庭にも薔薇が咲き誇る季節になった。彼の薔薇園には彼の愛する様々な色の薔薇が花開いている。そんな彼の美しい庭を今ふたりは歩いていた。いつものように腕を取り合いながら仲睦まじい様子である。きっと何物もこのふたりの間に分け入ることはできないだろう。

「寒くはねえか?さすがに最近涼しくなってきたからな」

彼の優しい愛おしむような青い瞳が澪へと向けられた。跡部よりも明らかに薄着の彼女は頬を赤く染めてそんな彼に微笑む。大丈夫よ、と返事をしながら彼の腕に抱きついた。握り合っている手は互いに温かだ。

「今まで踊ってたからむしろ暑いくらいだもの」

澪はそう言って美しい黒髪を煌めかせた。今日は跡部の仕事が休みの日であった。いつものように二人で過ごすことに変わりはないのだが、せっかくだから何かしないかという話になった。ようやく暑さが落ち着いて何をするにもいい季節になった。食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋などと秋は様々な事をやるに相応しい季節だ。話し合った結果、ふたりはダンスをしようということになった。彼女が薄着であるのはそのためである。彼女は蒼い、スリットの入ったシンプルなドレスを身に纏っていた。踊る前はいつものごとく散々跡部に彼女を褒める言葉を囁かれたことは言うまでもない。

「ならいいが……。にしても、お前があんなに上達してるとは思わなかったぜ」
「ふふ、"俺様の女ならダンスできて当然だ"って言ってたのは誰だったかしらね」

くすくす、と笑いながら悪戯っぽい目をして澪が跡部を見上げる。その言葉は十年前、合同学園祭のキャンプファイヤーで彼が澪に言った言葉だった。

「別にあの頃から合格点は取れてただろうが。そもそもこの俺様がリードしてやるんだから、お前はただ俺に合わせていればいい」

物覚えの良い彼女はあのとき、一日足らずでダンスのステップを覚えていた。もちろん跡部と踊るためにだ。それに対して跡部も確か十年前に似たような答えを返したような気がする。実際、踊れるに越したことは無いのだが、別に彼女が踊れなくたって構わないのだ。跡部にとっては踊る相手が澪であるだけで何も言うことは無い。

「私がやりたくてやっているの。だって……、あ!」

澪が唐突に声を上げて跡部と握っていた手を離した。そして何かに引き寄せられるようにするりと跡部の腕から抜け、歩き出す。跡部がおい、と言いつつ彼女に手を伸ばすが彼の手は空を掴んだ。澪は目の前に広がる広大で優美な景色に見惚れているようだった。

「綺麗……」

感嘆の息を漏らして澪が呟く。もうほとんど無意識に引き寄せられるように薔薇園へと彼女は足を踏み入れた。澪は赤い薔薇の花壇の前に屈み、その花のひとつに手を添えた。跡部も澪を追って薔薇園の中に足を踏み入れる。薔薇を見つめて微笑む澪は綺麗で、だがどこか遠い存在であるかのように感じた。
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