いつまでもふたりで

□3月8日
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永遠の終わりがふたりに手を伸ばし、闇がふたりを引き裂こうとしている。今日の日没をつげる夕日が赤々とふたりの影を映し出す。

ここは見晴らしの良い丘、跡部が還ってきた彼女を一番初めに連れ出した場所である。大きな夕日が地平線の向こう側へ消えていこうとしている。それを横目にふたりは手を握り合ったまま離さなかった。

こういうとき何を思い、何を感じればよいのだろうか。

跡部は自分の正面に立っている女性を見つめてそう思った。如月澪、跡部景吾がもう十年以上もの時を捧げて想い続けてきた女性。ただ見つめるだけが精いっぱいだった。他には何も考えられない。

澪、澪、澪……。彼女は今、俺を見つめて何を思っているのだろう。

秒針の音はもう聞こえない。

春風が澪の黒髪を揺らす。跡部は微笑みながら彼女の髪を整えてやった。彼女も笑う。跡部はそれが嬉しかった。視界の端には風に靡く桜の葉。澪と桜は良く似合う、だが一緒に桜をみることはできない。もう、二度と。

「澪」

また少し日が陰る。まだ、ダメだ。彼女の手を握る自らの手に力がさらに籠った。もう一体何時間手を握っていただろう。どちらともなく汗ばんでしっとりしている。温かい、まだ感覚もある。大丈夫だ。

でも本当はどこへもやりたくない。

「景吾くん」

いつもの声色で澪は跡部を呼ぶ。跡部の好きな微笑を今も向けてくれている。いつもの跡部の愛する澪だ。しかしその瞳は少しだけ潤んでいる様に思える。でもいつもの澪だ。

「今までありがとう」

さよならが近づいている。彼女の言葉にそれを察した。跡部は少しだけ動揺した。永劫の別れの覚悟を決めなければいけない。この二週間、常にそう思っていた。でもできなかった。そして今、本当に腹を決めなければいけないのだとわかった。

「……そんなこと言うんじゃねえよ」

分かっていても澪を失うことに対する堪え切れない拒絶が跡部の口をついて出る。だが澪は跡部の発言に首を振る。そして静かに微笑んで左手で跡部の頬に触れる。夕日に晒されたダイヤモンドが煌めく。

「いつもみたいに私の話を聞いて。……最後だから」

受け入れられない。そう思っている跡部とは裏腹に澪は全てを受け入れているようだ。微笑を崩さず、終わりを口にしている。胸が締め付けられるように痛んだ。だが何も考えられない。唯々彼女の姿を目に焼き付ける。そして彼女の言葉を聞く。

「私は景吾くんの傍にいられてこの一年間凄く幸せだった。大好きだったあなたの傍にいられて、毎日が楽しくて堪らなかった。だからこそ、終わりが見えてしまった時怖くて堪らなかった」

きっとあの日のことを言っているのだろう。この日々の終わりを彼女が悟った日の事、彼女はずっと泣いていた。跡部が後から聞けば日暮れからずっと泣き通しだったのだという。澪が泣き止んだのは跡部が帰ってきて一時間以上後のことだった。澪は跡部を見つめて愛おしそうに微笑む。
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