いつまでもふたりで

□エピローグ
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時の流れは無情だった。彼を残していつも先へ先へと進む。彼の心だけがここにいつも取り残される。

澪が再び跡部の元を去ってから2週間がたった。跡部の周りの世界はまた澪のいない世界へと変わった。ふわりと温かい春の陽気は心地よく跡部の身体を包むが、跡部が欲しいのはそんな温かさではない。あの温もりが愛おしく恋しかった。

何とかいつも通りの振る舞いを保ち続けているものの、跡部の心は彼女に囚われたままだった。寝ても覚めても彼女のことを考えた。これは悪い夢で目が覚めればまた澪が、自分に微笑みかけてくれるのではないだろうか。そう期待してもあるのは孤独と彼女が消えてしまった事実だけだ。

急に澪がいなくなったことを使用人たちは不思議がった。あれほど愛し合っていたふたりなのにどうして澪はいなくなったのだろう、それについての憶測がいくつも屋敷内を飛び交った。だが的を得た答えは1つもない。分かるわけがないのだ。

休日も部屋に引きこもり、ふさぎ込んで彼女のことを思い返す。褪せない記憶を何度でも再生させる。クリスマスに彼女が贈ってくれた写真立てに式を挙げた時の写真を飾り、感傷に浸る。思い出は幸せだった。

とんとん、と部屋のドアをノックする音が聞こえる。彼は思い出から引きずり出され現実へと意識を戻す。億劫な気持ちで入れ、と言葉を掛けた。入ってきたのは心配そうな面持ちの乳母、そして彼女の世話係。

「なんだ」

素っ気なく跡部が聞く。雪乃は跡部の顔色を見ながら静かに言葉を紡ぐ。

「景吾様、澪様から預かっていたものがございます」
「なんだと……!」

ハッとした様に跡部は重く暗かった表情を瞬時に奮い立たせる。名前を聞くだけで、これほど……。雪乃はそんな跡部に憐憫の様な気持ちを感じながら雪乃は手に持っていた日記帳を跡部に差し出した。

「澪さまは、澪さまがいなくなる1日前に私のもとへいらっしゃり、丁寧にお礼を述べられました。今までお世話になりました、私はもう帰らなくてはいけないから景吾様をよろしく頼む、と。これはその時に渡されたものです」

この日記帳は、跡部が澪に買い与えたものだ。還ってきた彼女は毎日毎日、日記を書き綴っていた。即ちこれは跡部景吾と共に生きた如月澪記録だ。

「できれば塞ぎ込む景吾様には渡さないでほしい、とそう仰られておりました。ですが、これは景吾様が持っているべきものです。私などが預かって良いものではない」
「そう、か。すまねえな……」

震える手で跡部はそれを受け取る。雪乃が去っていく足音を聞きながらじっとその日記帳の表紙を見つめた。澪は一体何をこの中に記しているのだろう。彼女の内面を垣間見ることができるだろうか。澪に、触れることができるだろうか。

日記を開こうとそれを取り上げてみる。すると日記の隙間から何かが滑り落ちた。真っ白な封筒。景吾くんへ、とやや右肩あがりの細い楷書体で宛名が記されていた。紛れもない、澪の字だ。同様に日記も同じ文字で埋め尽くされている。

跡部は日記を置いて彼女の手紙を手に取った。静かに呼吸をしながら封を切る。中には便箋が3枚ほど入っており先ほどと同じ文字でそれは綴られていた。跡部は緊張を交えてその文に目を通す。
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