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□春は何の季節
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春風が温かく眠気を誘う。美代子はこの季節はどうも好きになれなかった。新学期が始まり新しいクラス、新しい担任、何もかもが清々しい季節であることは認める。気候も良くて過ごしやすい季節でもあるのだが。

帰り道に舞い散る桜も美しくて思わずため息が漏れた。新しいローファーが桜を踏みしめながら静かに歩いていく。

「わ……ぁ」

桜と海が重なって見える風景は思わず感嘆の息を漏らさずにはいられない。美代子は思わず足を止める、いつも見慣れた通学路のはずなのにいつにも増して美しいような気がした。これほど美しい風景ならぜひとも他の人にも見てもらいたい。

「あ……」

美代子の足が止まる。桜吹雪の間を縫って歩いてきたのは美代子のもっとも会いたくない人物だった。是非とも他の人に見てもらいたいとは思ったが何もこのタイミングは酷すぎやしないか。強い春風に長い澪の黒髪が揺れる。正面を歩く彼のサラサラな髪も美しく揺れる。

「……柳、くん」

声に出したか出さないかの程度の声を小さく呟く。彼に別れを告げられたのはもう一年も前になる。春は別れの季節、どれだけ多くの別れがあろうと私の別れがつらいものでないわけではない。彼に振られてからは彼に会おうとも思えなくて辛くて苦しい毎日を送った。幸いクラスが違ったので姿を見ることなどほとんどなくなった。

そして新学期の春、新しい気持ちで高校生活を送ろうと思っていたのに初日に彼に出会ってしまうなんて運の無いことだと思う。

それでも前を歩いてくる彼の姿は桜吹雪によく映えて、息がとまるほど切なく胸が痛む。すれ違う瞬間、思わず呼吸が止まる。固く目を閉じ、かばんを持つ手に力がこもった。だが彼はそれを何事も無いかのように横をすり抜ける。美代子の目から涙が静かに伝った。

だから会いたくなかったのだ。
彼にとって私はもう特別な存在でないことを認識するのが怖かった。だって今も彼のことを好いているのだから。

久しぶりだな、とでも声を掛けられれば気持ちも軽くなったかもしれない。だが彼は私をいないかのように横を通り抜けた。澪は顔を覆う。風に舞い上げられた桜がいくつも澪の黒髪に絡みついた。

春なんて無くなってしまえばいい。

心の底からそう思う。春は別れの季節であり出会いの季節でもある、なんて言葉があるけれどこんな再会ならいらない。こんなに胸を締め付けるような出会いなら消えてなくなってしまえばいい。「別れよう」静かに紡ぎだした彼の言葉が私の胸の中で何度も蘇る。

この季節には必ず。
 

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