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□この場所で、また。
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この学校の放課後の図書室はいつも閑散としている。

無論、今日ここへ来た彼はこれを気にいっているに違いないのだが、それでもやはりなぜか寂しさを感じる。しかし、こうあってこそ図書室だ。この空間はこのような空気であるのが相応しい。

見慣れた本の列を見ていれば、いくつものタイトルが目に留まる。そして目に留まった本を手に取ってゆけばすぐにそれは積み上がり山となった。

さて、と一つ息をつくと彼――柳蓮二はカウンターを見やる。先週借りていた本も返却せねばならなかった。カウンターに足音を立てずに歩み寄れば、図書委員らしき人物の影がちらと見えた。早く済ませてしまおうとその人物を視界にいれれば思わず息が止まる。

綺麗、その言葉がこのままぴったり当てはまる少女。少女はすっと背筋の伸びた美しい姿勢で熱心に本を読んでいる……絵になるというのはこのことだな、と柳はふと思った。

呼吸するたびに微かに揺れる身体、ページを繰る白く細い指……目に映る彼女のすべてが美しく感じられた。声を掛けることすら憚られる。柳は小さく息をつくとテーブルに積み上げられた本の山を置き、うち一冊を取り出しカウンター近くの本棚に背を凭れる。そしてまだ読み終わらないであろう厚さの本を読む少女をちらと見つめた。



少女は手にしている本の解説まできっちり読み終えるとその本を閉じた。日も暮れ始め、図書室の一つだけカーテンの開けられていた窓から差し込む光は弱くなり、そこから見える景色は薄暗くなり始めていた。少女は本をカウンターに置き、うんと伸びをした。

「読み終わったようだな」

唐突に掛けられた声に思わず身体が飛び上がりそうになった。おそるおそるそちらへ視線を向ければ、本棚に背を凭れている柳が今まで読んでいた本を閉じ、カウンターの前へ立った。少女は困ったように微笑む。

「声、掛けてくださればよかったのに」
「気にするな、俺が勝手に暇を潰していただけだ」

今日は珍しく柳は部活がなかった、だからこそ今日は借りられるだけ本を借りてしまおうと重い、図書室へと足を運んできたのだ。

「そうですか……? でも待たせてごめんなさい、ご用件は?」

長い髪を耳に掛けながら少女は問う。本を読む姿も綺麗だがそういう仕草も又、可憐だななどと柳は胸の内で思う。柳はテーブルに置いていた本をカウンターの上へ移動させ返事をした。

「返却と貸し出しを頼みたい」
「わかりました」

小さく頷いた少女はコンピューターへ向かう。柳はふと普段踏んでいるはずの手続きの手順が一つ抜けていることに気が付いた。

「名前は聞かないのか」
「ええ、柳蓮二さんでしょう? 立海大テニス部のレギュラーで貸し出し記録NO.1の人だもの」

少女に自分の名を呼ばれて少なからず柳は驚き、眉がぴくりと動いた。

「俺の名を知っているとは意外だな、佐野。お前はテニス部には関心が無く他人に関しての興味も希薄だと思っていたのだが」

一度だけ以前も見えたことのあった少女――佐野美代子は一年の頃、幸村と同じクラスだったはずだ。ひとり教室の隅で本を読んでいて目立たない少女だったと柳は記憶している。美代子は柳の言葉が心外だったのか一瞬目を丸くするとくすくすと笑みを漏らした。

「別に関心がないわけじゃありません。ことに、柳さんには関心もありますし」
「ほう……それはどういう意味だ?」

ほんの少し口角を上げて柳が問い返す。美代子は柳から受け取った本をバーコードに通しながら静かな口調で呟いた。

「私よりも本を読んでいる人に出会うの、初めてだったから。
貴方が今まで借りた本の数、863冊もあるのだけれど……それに家や休日図書館で読む本を考慮して中学に入ってからは1000冊以上読んでいると言っても間違いじゃないと思う」

そこでいったん言葉を切ると美代子は積み直された本の山を柳に差しだし、にっこりとほほ笑んだ。きゅっと柳の胸がなんとも言えない苦しさに痛む。

「柳さんを知って初めて人に興味が湧いたの、だから図書委員になればいつかあなたとお話しできるんじゃないかと思ってた。…………そういうのって迷惑かな?」

悪戯っぽく美代子は笑った、この少女はこんな表情も出来たのだなと柳は思う。それでも薄桃色に染まった頬が先ほどの言葉の意味を持たせ、決して冗談などではないことを示していた。柳の頬も自然と緩む。

「迷惑かもしれないな……と言いたいところだが、俺もお前に興味を持ってしまったようだ、また話でもしよう」

柳の返答に美代子は予想もしていなかったのか、大きく目を見開く。なるほど、美代子は意外と顔に出やすいのだな……と既にデータ収集を始めている自分がおかしくて仕方がない、それでも彼女を知りたかった。

「柳さんがいいのなら、また」
「ああ、お前の当番日にまた来ることにしよう」

笑みを返しながら頷いて柳は思う。目の前にいる少女と次に会えると時を今からでも心底楽しみにしているなんて俺はやはりどうかしているのかもしれない。



あとがき。
ぎりぎりセーフ。
柳さん誕生日おめでとうございます。
 

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