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□共に歩こう
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ノートに綴られる文字がそろそろバランスを崩しだした。手の痛みも結構なもので美代子はシャープペンシルを置き、利き手を揉んだ。小指の付け根が机と擦れてすっかり真っ赤になってしまっている。再びペンを握ろうとしてもうまく力が入らず、すぐにペンが止まってしまった。

「はあ……」

大きく息をついて美代子は天井を見上げる。もう勉強などしたくもない、いったいどれほど書いたのだろう。100枚入りのルーズリーフの新しい袋の封を切ったのが2時間前。いくら資格試験へ向けての勉強だからといってここまで根を詰めるのも自分でもどうかと思うが絶対に一度で合格せねばならないのだし、妥協は許されなかった。

だが、と美代子はちらりと時計に視線を寄せる。時刻は既に深夜を回っている。こんな生活をずっと続けているのだし本来なら今すぐにでも休むべきだ。しかし……

「蓮二くん……遅いなあ」

未だに帰ってこない同棲している恋人。こんなに遅くまで彼は仕事を頑張っているのだ。たとえそれが接待だったとしても変わりない。大手企業に就職し、美代子の夢を応援してくれている。もちろん美代子も学校に通いつつもバイトで一応生活費は繋いでいるのだが、柳に頼っている感覚は否めなかった。

少しでも早く柳に追いつきたい、彼の隣を歩きたい。どれほど願ったことだろう……美代子が一心に勉強を続ける理由はそれなのだった。頼りっぱなしなど彼の彼女としてみっともないと感じてしまうのだ。ふうと大きくため息をつき、再びペンを握る。やはりなんとなく握りにくく違和感があったが先ほどよりはマシだった。続きを書き始めようとノートに芯先をつけたときだった。

静かなオルゴールの音が部屋中に響き渡った。美代子は机に置いていた携帯を慌てて取る。表示されていた名前は彼女の想い人の物だった。通話ボタンを押し、耳に携帯を当てる。そして小さくそれに語りかけた。

「もしもし……蓮二くん?」
『美代子、今から7分34秒後に家に着く。それまでに寝支度を整えておけ』

あまりにも唐突な柳の言葉に美代子は携帯を握り直す。柳の言っていることの意図は分からない、それに今ここで勉強をやめてしまうわけにはいかなかった。

「え、でも私……」
『美代子、できるな?』

電話越しでも静かに諭す様に囁いた柳の声。こんな風に諭されるときはそうせねばならないのだということを澪は長年の付き合いから分かっていた。うん、と短い返事を返し、電話を切る。机の上を片付けてそこから立ち上がれば世界がぐらりと揺れ、思わず机に手をついた。

デスクライトの光のせいだろうか?とりあえず彼が後5分もすれば帰ってくるのだから早く言いつけられたことをこなしておくべきだろう。
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