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□今日の楽しみ
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※バレンタインデーネタ


今日、この日の教室は燥ぐ生徒たちの声で賑わっている。今日は2月14日、バレンタインデーだ。元々キリスト教の祝日なのだが、この宗教に疎い日本にも女子が気になる異性にチョコレートを渡すイベントとして浸透している。もっとも、チョコレートを渡すというのはチョコレート会社の策略から始まったことをここで語るのは少々野暮だろう。

さて本日、といってもすでに放課後になり人はまばらになりつつあるのだが、未だに意中の人にチョコレートを渡せていない少女がいた。佐野美代子……彼女は自分の席に置いてある鞄の肩ひもを強く握りしめて俯いていた。そう、未だに渡す決心ができていないのだ。もちろん、一度は決心したからこそチョコレートを持ってきたのだが、今朝になってその決意が鈍ったからだ。

それは意中の相手の発した言葉にあった。

美代子はちらりと彼その人を見た。幸村精市、立海大テニス部の部長でいろいろな話題性がある人。容姿端麗で成績も優秀、運動能力は言わずもがな、そのうえ人望もある。まるで王子様みたいな人。元々平々凡々な美代子が彼にチョコレートを渡すというだけでもかなりの覚悟を決めてきたのに、今朝彼が放った言葉は美代子にとっては辛辣だった。

「ごめん。今年は俺、好きな子以外からチョコレートを貰う気がないんだ」

今も教室の対局で女の子と話していた彼が申し訳なさそうにその言葉を発している。美代子は固く目を瞑った。付属の高校に進学するとはいえ、今年は中学最後の年だ。せめてその他大勢でいいからチョコレートを彼に渡したかったのに。それすらも阻まれるなんて……、美代子は唇を噛んだ。

鞄を肩に下げると鞄の中に入ったチョコレートの箱が微かに揺れるのを感じた。幸村に渡すためだけに作ったチョコレート。彼に似合う青の包装紙でラッピングして……、普段あまりお菓子何て作らないからかなり気合を入れて作ったのに。食べてもらうことはおろか、受け取ってすらくれないなんて。

そう思うと気分が滅入るのを感じた。仕方がない、帰って一人で食べてしまおう。美代子は肩を落として教室を出ようとしたその時だった。

「佐野さん」
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