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□苦い恋の物語
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素直に生きれる人間は羨ましい。
素直に感情を表現して、言いたいことを伝えて。
まあ俺には骨の折れる話なんだよな。
苦い恋の物語。
不器用でキレやすくて取っつきにくい。俺を知る人間は、俺に対して大抵そんな印象があるだろう。もちろん否定はしない。自覚はある。
笑っちまうがこんな俺にも気になる女が出来たんだ。名前はなまえ。
それも年下で、これといった取り柄もないような平凡な女だ。仕事が上手くいかなくて苛立つ俺に理不尽に当たられても、一人で塞ぎ込んで何もかも嫌になった時も、なまえは俺に愛想を尽かす事なく接してくれた。
誰かが側に寄り添ってくれることがこんなに心地いいものなのかと初めて思えた。
でもなまえがもし、この気持ちを知ったとしたらどうする?仮に付き合うことが出来たとしても、今のままじゃ俺は恋人らしい事を言うことも、することも出来ない気がする。
好きだ、ずっと側にいたい、泣きたいぐらい愛してる。
そんなことを素直に伝えられる気がしない。それなのに何も知らずに笑顔を見せてくれるなまえが憎い。そんなやり場のない気持ちを抱える自分に対する嫌悪感も嫌になる。
恋人という立場に変わると、今の自分を受け入れてもらえなくなる気がするんだ。やっぱり八つ当たりはしてしまうだろう。きっと愛されている実感の湧くような甘い台詞は言えないだろう。
「私の事本当に愛しているの」そう言われる事が怖い。きっと今の関係だからこの我儘が許される。
なまえが離れていくのは嫌だ。でもこれ以上近づくのも怖い。
それでもいつかは報われてくれないかと他力本願な自分がいる。すべては運任せなんだ−
「ギアッチョ…………ギアッチョ!」
「…は?」
「今考え事してたでしょー。ボーッとしてた。…また何か悩んでる?」
目上にはソファ越しに話しかけてくるなまえが居た。
「…いや、ごめん。何でもねぇや。」
気のない返事をすると、なまえがニヤついていた。
「…?何だよなまえ。」
「ギアッチョさぁ、変わったよね。前は絶対『ごめん』なんて言葉出てこなかった。それに話しかけただけで睨み付けてた癖に今じゃ普通にしゃべれてるからね?」
「はぁ?俺が謝るのがそんなに可笑しいかよ!俺だって人間だぜ?詫びをいれる気持ちぐらいあるっつーの。」
「あはっ。ギアッチョとの距離が一歩前進した気がするよ。」
なまえは笑いながらおでこをガツン、とぶつけてきた。
その時俺は想像した。なまえと唇同士が触れ合うことを。
「…ッ痛ぇなあぁぁぁー!この小娘がーーー!」
「きゃー!ギアッチョ顔真っ赤だよ!落ち着いて!」
自分でも気付かない些細な変化にまでなまえは気付いていた。そう言えば初めて出会った頃の俺は冷たくて素っ気ない態度していたっけ−
そうか、俺はなまえを好きになってから少しでもいい方に進歩できていたのか。
「…なまえ」
「はひ?」
「…ありがとよ」
「ギアッチョ……?」
素直に「好きだ」と言える日まではこの気持ちはしまっておく。それはもどかしいし苦しい事だ。なまえの側で俺は少しずつだが変わっていくだろう。だからその時まで。