長編
□05ありがとう
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しばらくして落ち着きを取り戻した私は、散々な顔になっていた。
「うー…カヲルくんごめんね…」
「全然いいよ。いおりが泣き止んでくれて良かった。」
ニコッと笑うカヲルくんに笑い返す。
彼の優しさは、いつも私を安心させてくれる。暖かくて、心地良い。
二人で笑いあっていると、ふいに病室のドアが開いた。
「ごめーん入るわよー」
そういって入ってきたのはミサトさん。
ミサトさんがカヲルくんの病室を訪れることは少なくないけれど、一体なんの用事があるのだろう。
今は、不安しか感じられない。
「…ごめん。ちょっちさっきのいおりの話、聞いてた。」
「え…」
再び病院にピリッとした空気が流れる。
ミサトさんも私の家庭のことは知っているし、相談相手でもあるけど…
私が不安そうな顔をしてしまったのか、ミサトさんはにかっと笑って、可愛い顔が台無しよ、と私の背中を軽く叩いた。
そして、真剣な顔になる。
私も息を呑んだ。
「お父さんの件ね、もう気にしなくていいわよ。ちょーっち手を回してねん。…加持クンに頼んで、あなたのお父さんの転勤場所は海外にしてもらったわ。今よりずっと遠く。」
思わず、目を見開く。
ミサトさんはまたへにゃっと笑った。
「もう大丈夫よ。」
その言葉を聞いた瞬間、また涙が溢れてきた。
さっきまで散々泣いたのに、安心したせいか、今度は嬉し泣きというもの。
ミサトさんにぎゅっと抱きついて心からありがとう、と言うと、ミサトさんは気にしないでと笑ってくれた。
カヲルくんも、一連の会話を聞いていて、本当に良かったねと言って笑ってくれて。
本当に、本当に良かったと思った。
また変わらない笑顔のまま、明日が迎えられる。
ミサトさんにもカヲルくんにも、感謝しきれないほど。
赤く腫れた目をこすりながら、またありがとう、と呟いた。