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□涙の宝石
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強かった彼の泣き顔を始めてみたのは、確か小学四年生のとき。
誰にも弱さを見せない、歳に似合わないほど大人びた、近所の大きな家に住んでる男の子。
真っ赤な髪と、吸い込まれそうな大きな瞳に、子供ながらに一目惚れをしていた私は、それまでそのこの名前さえ知らなかったけれど。
「ねぇ、なんで泣いてるの…?」
ある日のこと、大きな家の外、すぐ横の路地裏でその男の子は声を殺して泣いていて。
恥ずかしさも忘れてつい話しかけた私は、顔をあげたその子を見て、一目惚れでなく、正真正銘恋に落ちた。
「別に、泣いてなんかない。」
いつもと変わらぬ強気な態度。
遠くから見ていたときと、変わらない凛とした声に姿勢。
「君、いつも俺のことを見ているだろう。どうして?君は誰?」
こちらを見ずに聞いてくるのは多分、まだ泣いているから、だろう。
「えっと、その…憧れてて。あ、名前はいおりていいますっ」
僕に憧れるてるの、と言いながら涙を拭おうとしたその子の手を、自分でも分からぬうちに掴んでいた。
ただ、その泣き顔があまりにも美しかったから。
「…なに」
「あ、その…泣きたいなら我慢しなくていいいと思うよ…それに、」
その子の顔を見ると、真っ直ぐにこちらを見ていて。
真っ赤な瞳から溢れる涙はまるで、宝石のようだった。
「あなたの泣き顔は、すごく綺麗だから。」
だから無理しないで泣いたらいいよ、と笑うと、酷く驚いた顔をして。
「…じゃあ、今だけ」
そう呟くとまた、今度は小さく声をあげて泣き出した。
思えば毎日食い入るように見ていた彼は、完璧で、非の打ち所がなくて、同い年とは思えぬくらい、大人びていた。
ふっと、前に読んだ漫画の話を思い出す。
お金持ちの家の男の子が主人公のお話。
次期当主として、その家の人間として、恥じぬよう、誇れるようにと、普通の子供とは掛け離れた暮らしをさせられ、毎日が窮屈で、苦しくて、それでも強くなければいけなくて。
ああ、もしかして彼もそういう暮らしをしているのだろうか。
だとしたら、きっと酷く辛いのではないだろうか。
その漫画は後に、ある女の子がその男の子の希望となり、二人で幸せになるという話だった。
私が、この子の支えに、希望になりたい。そんなことを考えながら、その子の背中をぽんぽんと叩いていた。
「…長い間すまなかった。泣き顔を人に見られたのは君が初めてだよ。これは二人の秘密ということにしよう、お願いだよ。」
しばらくして男の子が照れくさそうにそういった。
「いおりちゃん、だったかな。ああ、俺の名前は赤司征十郎というんだ。せいじゅうろう。」
「あかし、せいじゅうろうくん…」
「ああ、君なら…特別に僕を名前で呼んでもいいよ。その代わりといってはなんだけど、」
うすく充血した目をこすりながら、また恥ずかしそうにあのさ、と口を開いた。
「さっき、我慢しなくていいって言ったろ。君の前だけでなら、泣いてもいいかなって、思えたから、その、」
くっと顔をあげる。
少し目の腫れた、いつもの端正で、凛とした顔立ち。
「また、僕の弱音に付き合ってくれないか。」
そんな彼の言葉を聞いて、さっき自分が考えていたことを思い出す。
彼を、彼の支えになれたら。
「いいよ。征十郎くんが辛い時はいつでも飛んでくるよ。家、ひとつ挟んで隣だし、なんなら家に来てくれたっていいもん!」
私がそう言ってにかっと笑うと、彼も薄く笑みを浮かべた。
「私はいつだって征十郎くんの見方マンだからね。」
私がピースをすると彼はまたクスクスと笑って、ああ、ありがとうと言った。
そうして二人で笑いあっていると、家の中の方から征十郎くんを呼ぶ声が聞こえた。
ー坊っちゃん、征十郎坊っちゃん
ー征十郎さま、どこですか、、
「いけない、戻らなければ」
「そっか、またね、征十郎くん。」
「ああ、またね」
たったと駆け出して家の中に入っていく彼は、さっきまでの彼ではなく、またいつもの次期当主、のような彼になっていた。
「良かった…」
彼の支えに、なれたかもしれない。
憧れていただけだった彼の、そう考えるとかぁっと頬が熱くなった。
なんて、これが私の初恋の話。