長編
□12新緑
1ページ/1ページ
五月ももう終頃。
遺伝子提供者の出現から早くも一ヶ月が過ぎようとしている。
あんなことがあったものの、カヲル君と私は特になんの変化もない平穏な日々を送っていた。
「もう五月も終わりか、季節があると時の流れをこんなにも早く感じるものなんだね。」
窓際に揺れる新緑の木を見ながら、カヲル君が言った。
「夏、僕たちが一番よく知っている季節が来るね。」
「そうだねぇ…それもまた、今までとは違って感じられるかもね。」
数年前のこの世界は、常夏状態、季節もなにも無かった。
だから季節ごとに色を変えていく世界を、とても愛しく感じるのだ。
春桜を見、新緑の木々に夏を感じ、秋冬と次々に巡る季節を待ちわびる。
そんなあたりまえのような常識も、私たちにとって特別なものであり、他ならぬカヲル君と共にそんな四季を巡ることができる。
それこそが私は幸せで仕方ないから、ふとした瞬間に頬が緩んでしまうのだ。
「いおり、にやけてるけど」
「へ、いやいやっ、なんでもないよっ!」
「ふふ、変なの。ほら、こっちにおいでよ」
椅子に座っていた私の手を引いて、カヲル君が私をぎゅっと抱きしめた。
ベッドというより、カヲル君の膝に座るような体勢になる。
(これはなかなか、見られたら恥ずかしいかも…。)
「明日また、今月分の検査結果が出るんだ。」
私を抱きしめたままカヲル君が呟く。
「変化が起こるのは怖いことだけど、いい結果が出たらいいなって、そう思ってる。」
「うん、私も。」
ありがとう、と、私のおでこに短いキスを落とす。
本当に心から願ってるよ、と言うと、今度は唇に小さなキスをして、
「うん、僕もさ。」
と微笑んだ。
初めての新緑、五月の終わり。