長編
□08お花見・後
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くだらない談笑をしていると、あっという間に目的地。
あまり知られていない場所ということもあって、人数は少ない。
小さな桜の木が茂るちょっとした丘。
その丘のてっぺんに、ただひとつだけ生えている、どっしりとした大きな八重桜。
カヲルくんがこの八重桜が良いと言ったので、この場所になったという訳でもある。
「綺麗だねぇ…これが桜か…」
そっと、八重桜の根本にレジャーシートを広げ、座り込む。
「ああ、僕も初めて見たけれど、桜はいいね。この凛とした大樹は、なにか、安心させられる。」
桜、という木?花?を見るのは初めてで。
この世界が一度終わりを告げる前の世界にあったものだったと、以前リツコさんから聞いた。
写真でしか見たことはなかったけれど、直に見て、触れて、感じたのは安らぎと安心感。
「なんか、温かい花?だね。」
「うん。僕は桜が好きだよ。」
「ふふ、私も。」
ぽかぽか、緩やかに流れていく二人の時間。
この居心地の良さが堪らなく好きだ。
「はい、お弁当!頑張りました。」
鞄のなかから大きなお弁当箱を取りだし、蓋をあけると、カヲルくんがわっと声をあげた。
「これはすごい、いおりは良いお嫁さんになるね。」
「あ、ありがとう…///」
パチパチと手を叩きながら微笑むカヲルくんを見て、頑張った甲斐があったなぁと心から思った。
素直に誉められて、すごく嬉しい。
「あ、ほら玉子焼き!」
リクエストの玉子焼きを小皿に移し、手渡すと、カヲルくんが先程にも増した歓声をあげた。
「たまごやきー!!」
美味しそうにそれを頬張るカヲルくんは、まるで小さな子供みたいで、可愛らしい。
もうひとつ、もうひとつ、なんて。
多目に作ったはずの玉子焼きは、あっという間に完売した。
「カヲルくんは玉子焼きが好きだね」
「うん。大好きだよ。でも、」
言葉を止め、口に含んでいた最後の玉子焼きを飲み込む。
「いおりが作ってくれた料理は、全部好きだよ。美味しいし、愛がこもってる。」
「…!それ、めちゃめちゃ嬉しいよ…」
「また、作ってくれる?」
「もっちろん!!」
ふふ、とカヲルくんが笑った。
カヲルくんのストレートな、嘘のない誉め言葉が嬉しすぎて、赤面する。
元々サプリだけの不健康な食事をしていたカヲルくんだけれど、人間化が進行していくにつれ、ちゃんとした食事を食べるようになった。
リリンって、サプリだけだと生きていけない、食物が無ければ"お腹が空く"んだね。不思議だよ。
そういって、病院食を食べていた頃のカヲルくんを思い出す。
と同時に、お花見をしながらお弁当を頬張るカヲルくんを見る。
ああ、本当に、なんて幸せなんだろう。
カヲルくんが日毎、少しずつ良くなっていることを実感する。
「ねえカヲルくん、写真とろう?」
「いいよ。桜をバックに、タイマーで…」
こんな幸せな日常は、想像も出来なかったこと。
そんな日常という奇跡を、少しでも多く、思い出に残したい。
「とれたかな?」
「待っててー…うん、OK!ほら見てカヲルくん!」
「わぁ、いいね。写真が出来たら、くれないかな。病室に飾っておきたいんだ。」
「うん!また持ってくね。」
ありがとう、と微笑んだ彼の肩に、一枚の花びらが舞い落ちた。
美しく、儚い桃色の花びら。
「ねえカヲルくん、また来年も、来ようね。」
「うん。絶対に。」
そうして暫くの間、桜に見とれていた。
ハラハラと舞い落ちる花びらが、まるでピンクの雨のようで、私たちは完全に見いってしまって。
帰りの道も、桜が綺麗だったね、と何回言ったか分からないほど、私もカヲルくんも、お花見を満喫した。
そうしてまた、来年のお花見の約束もして。
幸せな幸せな、初めてのお花見は終わりを迎えた。
また来年も、あの場所に。