長編
□10秘密の話
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病院を訪ねると、いつもとは少し違った雰囲気に満ちていた。
何人もの人が忙しそうに動き回っている。
あちらこちらで、カルテらしき書類を手に小声でなにやら話しては、またどこかへと走っていく。
「あら、いおりちゃん。どうかしたかしら。」
動き回る白衣をぼーっと眺めていると、聞き覚えのある声がした。
「リツコさん!」
顔をあげるとこんにちは、と微笑んだ。
リツコさんに会うのは1週間ぶりだろうか。
長い間研究室に籠っていたようで、毎日のように病院に来ていたにも関わらず、このところ顔をあわせていなかったのだ。
研究、と言っても、カヲルくんのことなのだが。
「今日はその、何かあったんですか?人が多いし…」
「ええ、ちょっと…そうね、場所を変えましょう。着いてきて。」
リツコさんがくるりと白衣を翻し、いつもより人通りの多い廊下を歩いていく。
私はリツコさんの言いたい事がおおよそ予想出来ていたけれど、あえて何も言わずに後ろを歩いていった。
「さて、さっそくだけど、単刀直入に言えばフィフス…渚くんの事ね。」
研究室に着くなり、予想通りの言葉が告げられた。
問題は、これが良いニュースか、その逆かということ。
少し考え込んでいると、リツコさんが机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
「これ、誰だと思う?」
そう言われて差し出された写真には、一人の男性が写っていた。
スタイルの良さそうな、長身に白衣を纏ったその男性に、私はひどく見覚えがあった。
と、いうよりは知っていると言っても過言ではないほどに、似ていたのだ。
「カヲルくん…じゃ、ないけど…似てる」
「そう、似てるわよね。あなたは、渚くんがどうやって生まれたのか知っていたかしら。」
カヲルくんがどうやって生まれたのか。
彼が使徒をやめた日に、聞いた話を思い出した。
アダムを体内に宿した少年、全てはゼーレによって、運命によって仕組まれた子供だということ。
父も母も分からない、ただトリガーになるためだけに生まれたのだと、そんな悲しい話だった。
そこまでは知っているけれど、どうやって、と聞かれれば分からない。
「どうやって、なのかは分かりません…ただ作られた子供だったこと、しか…」
彼はれっきとした一人の人間なのに。
言っていて悲しくなって、口をつぐんだ。
「そう、彼はゼーレによって仕組まれた子供だった。けれどいくら科学が進もうと、人を作るのには遺伝子が必要なの。つまり、渚カヲルにも遺伝子の提供者が居たということ。この意味、分かるかしら?」
私は再度写真を見た。
端正な顔立ちに、銀髪。
見覚えのある、よく知っていると言えるほどに似かよった容姿。
「じゃあこの写真は、」
「そう。その写真の男性こそが、渚くんの遺伝子の提供者なのよ。」
「でも、どうして今になってこの人だと…」
そう言うとリツコさんは一枚のカルテを取り出した。
「少し長くなるけど、いいかしら?」
私は黙って頷いた。
それは他でもない、カヲルくんが生まれた時の話ー。