長編
□11大人の都合
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それから間も無くして、私はたくさんの秘密を知った。
リツコさんの話はどれも嘘とは到底思えぬ物ばかり、現実離れしたことも多かったが、信憑性が高かった。
「渚くんに遺伝子を提供したのがこの男性だということは、今の今まで我々ネルフの研究員でさえ知らなかったわ。…ゼーレは全て把握していたようだけれど。」
カヲルくんがゼーレの研究室で生まれたこと、遺伝子の提供者が写真の男性であること、そこまでが最近のネルフの調査で分かっていたことだったらしい。
しかしその提供者である男性が、今日、自ら名乗り出たというのだ。
「私も最初は疑ったわ。けれど彼の容姿その物が、真実だと言わんばかりに渚くんとうりふたつだったのよ。渚くんが成長したら、きっとこうなるんだろうなって、ぐらいにね。」
「じゃあ…彼は今どこに?」
「とりあえず身体中、調べさせてもらっているわ。だから色んな検査室を回ってもらってて…まだしばらくは終わりそうにないわね。」
「そうなんですか…」
それにしても、なぜ今になって現れたのだろう。
全てに決着がついたのは、もう何年か前なのに、なぜあのとき名乗りでなかったのだろうか?
「でも、なぜ今になって?」
私が問うと、リツコさんもやはりそこが気になるわよね、と真面目な顔をした。
「私も彼に聞いたのよ、なぜ今になるまで名乗りでなかったのかしらってね。そうしたら彼は"時じゃなかったんです。僕には名乗り出る資格が無かったから"って、それだけなのよ。なぜ?と問いかけても、申し訳ないとか、すみませんとか、そればかり。」
大方ゼーレが口封じかなにかしてたんだわ、とリツコさんは言う。
私もそうですね、と頷いた。
「いずれにせよ、今回の事で謎だらけだった渚くんの研究は大きく前進するわ。それに関してはすごく助かったし、感謝してる。私もやることがいっぱいね。だから今はそこまで深く追求しないでおくわ、あちらの、大人の事情についてはね。」
そういってクスッと笑った。
大人の事情、か…。
どちらにしても名乗り出てくれたことは、私にとってもすごくありがたい。
少し抵抗はあるものの、会って話をしてみたい気もするのだが、今はまだやめておこう。
ネルフは忙しそうだもんな…。
「長く引き留めてしまってごめんなさいね。話は以上よ。あ、他言無用ね?」
そう言ってまた笑ったリツコさんに、ありがとうございましたと一言告げて部屋を出た。
カヲルくんの事、もっと知りたいけど…
きっと、彼のトラウマになっているだろう悲しい過去を掘り起こすのが、なんだか酷く辛かった。
本人には聞けない話、なのだと思う。話すのも、聞くのも、耐え難い話だから。
地下室から上へと上がるエレベーターを待ちながら、一つ小さな溜め息をついた。