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□君のために
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 真ちゃんに人事の事を言われた日の放課後。オレは部活に行き、先輩達に「すみません!暫く、部活を休ませてください!!」と頭を下げた。とくに驚くでもなく「どうしてだ?」と聞き返されて、どうしてもやりたい事、やらないといけない事があると言うと了承してくれた。事件の話が広まるのなんて早いだろうし、多分、察してくれたんだと思う。今日は送られる気分ではないのだよという真ちゃんの遠回しな気遣いに礼を言い、オレは全力でチャリアカーをこいだ。

 ――オレなりに考えたんだ、人事。

 正解かは解らない。否。そもそも正解は無く、相手よりも先に自分が「人事を尽くした」と言えるまでが大事なんじゃないか。そこではじめて、天命を待つ権利を貰えるのかもしれない。そうだと信じたい気持ちもだいて、オレなりに『人事』を奔走していた。そして……


「……ちわ、高尾です」


 5日後。今出来る限界ラインの人事と共に、彼女の病室を尋ねた。


「……何しに、来たの?」

「……」


 看護婦とでも思ったのか、ノックをしら「どうぞー」と答えてくれたのは彼女の親友―安立美保。でも入って来たオレを見るなり目の色をかえて、嫌悪をあらわにして言った。安立サンに隠れてよく見えないが、彼女は眉間を寄せているように見える。…包帯が外されたそこには、アトがのこっているようだった。(本当、サイテイだわ)

 1歩ふみ出すと、弾かれるように安立サンが立ち上がる。そしてサッサと間を詰めて来て、力一杯胸板を押された。


「来んな!出てって!!」


 油断して1歩病室の外に足が出た所で、あわてて踏み止まる。このまま追い出されたらドアを閉めきられてしまうだろう。でも今のままでも通行人の視線が刺さり、いつ人を連れて来られてもオカシくなかった。オイオイ話も出来ねーとかカンベンしてくれよ!!安立サンが尻もちを付かない程度に押し返して、再入室をこころみる。


「!…篠原、ナースコール!!」

「んな!?」


 ――そうだ、周囲がどうのこうのの前にその手が有った!!
 オマケに足も踏まれるわで、一気に道を見失った気分になる。ここで本気を出したら安立サンも何とでも出来るけど、さわぎになる上に…また彼女にこわい思いをさせる事になる。何にしても八方塞がりで「少しだけでも、話をさせてくれ」と訴えた。


「話す事なんて無いわよ!」

「っ安立サンとじゃねー!オレが話したいのは…」

「今更何が有るのよ!篠原が辛くなるだけよ!!」

「でもオレ…!!」

「でもも何も、」


 この押し問答におわりが見えない。そう思った時 、カランカランと何かが倒れる音に反射的に言葉が詰まった。


「……美保、もういいよ。メイワクになるから」


 安立サンと同時に振り返る。そこでは、ベッドを下りようとしたらしい彼女が、安立サンが座っていた椅子を誤って倒してしまっていた。安立サンはあわてて戻り、椅子を直す前に「篠原も何言ってんの!?」と言いながら彼女をベッドに戻す。…オレも、来ていながら許可を貰えるとは思ってなかったから、ポカンと立ちつくした。彼女は安立サンをやんわり宥めると、オレには


「……それで?」


 と、何処か棘の有る言い方で用事を促して来た。…アタリマエか。分かってはいたけど、辛えなあと心の中に呟いて後ろ手でドアを閉める。お前と居ると楽しい、いいやつ、面白い。故意にして来たわけじゃないが周りからはいつもそう言われて、自分でもそれなりに自負はしていて。彼女とも、両手で足りる程度だけど笑って会話をした仲だったわけで…何にしても、こんなふうに当たられた事は無かった。

 ――だから。


「チョイ、手ェ借りるよ?」


 ベッドの傍まで歩いて、オレよりも小さな手をとる。予告はしたけど急だったからやっぱり驚かれて、力が入るのが手から伝わって来た。平気と声をかけながら鞄の中から"あるもの"をとり出して、その上に彼女の人差し指を誘導した。そして軽く力を入れてやると、指に触られた所から「あ」という機会音が鳴った。(例えるなら、子供に平仮名を覚えるのに使うオモチャに似てる)


「……コレ、点字?」


 音のスイッチになってる所は、きちんと五十音の点字になっている。


「そ。タイヘンかもしれないけど、それ覚えられたらこれもイケるかもって、さ」


 いろいろな音に触れてたしかめる彼女に、今度は一冊のノートを差し出した。でも字を書くものであるノートを目が見えない彼女に渡してもどうしようもない…と思ったのだろう、苛ついたようすで安立サンが横から奪っていく。そして早速1ページ目を見ると、両目をまん丸に見開いた。


「全部点字…てかタイトルに古文って有るけど、もしかして授業のノート!?」

「え…」

「どーやって!?」

「点字プリンターっていうのが有ってさ、それ買った。でもオレより真ちゃんの方がまとめるのうめえから、手伝って貰ったけど…」

「……」


 信じられないと2人は呆気にとられてるけど、真ちゃんがアタリマエに人事を尽くすように、オレも自分のアタリマエの人事を尽くしただけだ。今回はこれが限界ラインだっただけで、まだまだ足りないと思ってる。でも出来る事とか高が知れてるから、続けていく事でカバーするしかないだろう。彼女から五十音板を離して、その閉じた奥の瞳をじっと見つめた。


「読みたい本があるならいくらでも点字に起こしてくるし、テストの時だって、問題文も回答も仲介役になる。オレに出来る事なら、何でもやる」

「……ど、して」

「愚問じゃね?それ。…兄貴サンから殴られた時、もうよくねって正直思った。馬鹿だよなあ。でも周りも…オレ自身も許さなくて、お前のために何かやりたい、やらなきゃって」

「……」


 真直ぐに素直な気持ちを伝えても、勿論彼女は浮かない。喜ぶべき所なのか、拒否する所なのか―信用出来るのか、と。寧ろ途方に暮れてるようにも見えた。本当、お人好しなんだなあ。ふつうならここで「勝手な事言わないでいで!」や「これで許されると思ってるの!?」とか言う所だろう。…ならオレも、そんな彼女に見合うだけの意思表示をしないといけねえよな。オレは、没にしかけていた当初の予定を実行するする事にした。


「…………失礼しま、っす」



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