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□一歩、一歩
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「やあ、今日も張りきってるね」
今店を出たお客様の使ったお皿を片付けようとしていると、聞こえてきた声に手が止まる。
「…また、来たんですか」
「わ。そのカオ、傷付くなあ」
ようこそ、何にいたしますか?と言う店員側の言葉も忘れて、入口に立っている男に呆れてしまう。そうは言うけど傷付いているようすも無く、彼は外に1番近い席に座った。
彼―沖田総司がよく来るようになったのは、いつからだっただろう?新選組と怖れた当時の自分を懐かしくかんじつつ、彼の前にお茶を置いた。
「ゴメンね。迷惑?」
「…ハイと言っても、来るんでしょう?」
「うん。来るね」
余裕と言うか、何と言うか。そんな調子に乗られるとたまには仕返しもしたくなるわけで、今日はお茶に仕掛けを施した。お茶を出したらすぐ口を付けるのは分かっているので、黙ってそのようすを見守る。
「……っ!」
――新選組の幹部とも在ろう人が、こんな簡単に引っ掛かっていいのだろうか。1口のんだだけで眉間にシワを刻むと、沖田は湯呑を遠のけた。それはそうだろう。お茶は、火傷してしまいそうな温度なのだから。
「……大胆だね。斬られたいの?」
腰の刀を見せられても、別にこわくもなかった。
「いいえ。……何か食べます?」
「…ううん、今日は寄っただけだから」
毎度毎度、お喋りを目的にしてくるなんて。商売としての期待を弄びたいのだろうか?ムッとして唇も尖る。
「…ガッカリしてる?」
「まさか。清々します」
今度は注意を払って、残りのお茶を難無く呑み干すと「あっそう」と沖田は席を立った。新しく入店して来たお客様を一瞥した後、こちらを見下ろしてクスッと笑う。
「また、来るよ」
…そして。いつもと同じ言葉を残して、今日も出ていった。
一歩、…一歩?
(僕がここに来るワケ、早く気付いてよ)