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□一歩、一歩
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「……」

「……」


 ――苦しい無言の時間が、続く。

 隅の席に座って、もくもくと和菓子を口に入れる彼…斎藤一はとても無口な人で。ある意味、印象は薄い。よく「藤堂」という方と同行して来るけど、今日は1人だそうだ。


「……あのう」


 チラリ。目で応えられる。


「…お茶、アツくないですか?」

「…ああ」

「そ、うですか。そう…」

「……」

「……」


 今、彼しかお客様は居ない。店に来る客とは、大体世間話をしたりワイワイしているものなので…正直、彼とは居心地が悪い。


「…あ!」


 でも。とあるものが視界に入ると、ソワソワした気持ちが一気に消えてしまった。


「手、そこ、血が…!」

「?……問題無い」

「アリます!菌が入って、もし悪化したら大事ですよ!?」

「し、しかし、珍しい事でも」

「ない事だったら、なおさら気を配らないと!!」


 彼は目を丸くして固まるけど、無視して手当ての道具を用意する。…たしかに放置してても平気そうな傷だが、見付けてしまったら放置出来ない。その手をとり、丁寧に手当てをはじめた。


「…」


 そして、再び下りた静寂の中。小さな声が、彼の口から零れる。


「私の方こそ、お節介して…」

「……いや」


 …今更だけど、自分のした事がハズかしくなってきた。手当てをすませて道具を元に戻してから、ひっそりと反省した…が。それを否定した声音はとてもやさしくて、はじめて見る一面に目が離れなかった。


「あんたの作る萩は、…旨いな」


 向けられた視線も温かく、いつもの彼からは想像出来ない。旨いと言われたからには礼を言うべきなのだが、上手く声が出ないうちに勘定を出して、彼は立ち上がった。



「有り難う、世話を掛けた。…また来る」



 そして、それだけ言って、スタスタと店を出ていってしまう。「毎度!」と声を掛けるのも忘れて、彼の背中を見えなくなるまで見送った。

 …早く冷めろと、暑くなった頬に念じながら。







苦労した、一歩。

(一君、あの子と喋れた?)(…何故だ)
(何って、一君……うわ刀向けんなよ!)





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