Late confession
□07
1ページ/4ページ
多分、見付けるつもりはなかった。近藤さんが言うから、近藤さんが必死になるからその手だすけがしたかった。ただ、それだけだった。
「……奏」
なのに彼女は、僕が行く所に居た。僕が見付けに行ったんじゃなく、彼女が其処に居たんだ。そう誰にともなく言いわけをする。
ここに居るかな?なんて山をかけた所に彼女が居た事を、なんだか簡単に肯定したくなかったからだった。
「!…総司」
「近藤さん、君の事を捜してるんだから早く戻ろうよ」
「……」
奏は案外近くに居て、あの両親は自分達でよく捜してみたのかと呆れる。けれど何よりこの事を早く知らせたくて、座りこんでいる奏の腕を掴もうと近寄った。
スカ。避けられて、眉間にしわが寄る。
「……戻りたくない理由は?家族内ならとにかく、部外者の僕達にまでメイワクがかけられてるの。分かってるよね?」
イライラしたが、何故こんな事になってるかが少し気になったのはたしかだったから聞く権利は有ると自負して訊ねた。奏は一度こっちを見てから、間をあけて話しはじめる。
「…母上が、近藤さんの所に通うのは、止しなさいって」
「……」
「…剣の腕だけしか延びなくて、女の子に将来大事になってくる事は全く学べてないでしょって。あたし、ごはんを作ったり掃除したり、手伝ってるのに」
「……」
「女の子に剣のけいこ付けるなんて、何考えてるのか分からないって」
女の子に大事な事は…の所は、あながち、間違ってはいない。家の事が出来なかったら将来困るのは奏自身だし。実際、何時の事だったか差し入れと名付けて貰って食べた"何か"は酷かったから。その後の話は近藤さんをけなしたような言い方にも聞けたけど、奏の話は結局家族内の問題でしかない。
「不安にする人達じゃない、母上が知らないだけだって…言い返したかったのに」
奏の声はみるみる震え出して、足を抱えるともっと俯く。
「何で、言い返さなかったの?…僕にはぽんぽん言い返してくるのにさ」
言われた本人がどんな気持ちになるかは分からない。分からないけど、言われただけでこんなになってしまっている奏にはしっくり来なくて口調にトゲがまじる。
「…心配してくれてるのが、分かったし。言い返そうとしたら、…泣きそう、に」
それがいけなかったか、母親に言われた時の事が甦ったのか。説明している最中ですら奏の声には涙がにじみ、途ぎれた。声は押し殺して肩を揺らすようすを見下ろしながら、不意に息がながれ出る。自分でもどんな気持ちから出たのか分からなくて、今度ながれ出た息は呆れじみた。
「でも…総司達がどんな人か、どんな、所に通ってるか。心配する事ないって…分からせ、たかったのに」
「……」
「印象、わるいまま…」
――何となく、気持ちが分かってくる。
僕達がどんな人で、どんな所に通っているのかはっきり伝えられなかったから情けなかったのだろうけど。母親の言う事も間違いじゃない事は分かるから、軽く混乱してしまったのかも知れない。
全く、気にする所が多過ぎ。僕には何の気遣いもないのに。贔屓?ホントに手のかかる子だなと、奏の両親を哀れんだ。
「……いいじゃない、泣きながらで」
焦れったい気分にたまらなくなり、少し叩くように奏の頭に手を乗せる。
「ま、泣きを使われるのは僕からしたらヒキョーだとおもうけど」
「……」
「今の、君になるようなら。泣きながらでも言いたい事は言ったらどう?」
力を入れてぐしぐしと撫でると、ぱしん!と払われる…事はなかった。そんな気分ではないのは分かるが、何時もの展開を若干期待していただけに退屈が襲う。
……それだけ考えている、のか。
「……さ、早く戻るよ」
けどそうだ、近藤さん達はまだ捜してるはず。ここまま居ても何もかわらない。今度は避けられる前に腕を掴んで引っ張ると、奏はぐぐっとふん張りながらふるふる横に頭を振った。
「……どうして」
「……した」
「何?」
「…足、ケガした」
「は?」
引きずって連れて戻ろうと考えた矢先。ケガの言葉に固まり、示された足に目が行った。今まで話しに夢中で気が付かなかったが、着物の裾は膝あたりまで捲られており、膝から足首にかけて乾いた血が点々としてる。
それは結構悲惨で、うわと顔をしかめると奏は気まずそうにまた下を見た。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……わかった、負ぶってあげる」
「へ?!!」
暫くお互いにだまり込んだ後、口を出た提案に酷くすっとん狂な返事が返った。まるでその目は何を言ってるかわかってる?大丈夫?と訪ねて来てて、わかってると目で返す。当然、分かってる。
けどこれが1番いい。僕が近藤さん達を呼びに行く間に奏は気をかえて這ってでも何処かに行ってしまうかも知れないし、ケガをした女の子を引きずって連れてたらどんな目で見られるかわからない。
腰を浮かして、背中を向けた。
「……優しいの、気味わるい」
「皆が心配するから、仕方ないでしょ」
「総司は心配してくれなかったの」
「するわけない。…ほら、早くして」
「…ん、有り難う」
「……」
親と言い合う準備が出来たのか。単に、1人で居る事に限界を覚えたのか。後者が大きいだろうけど、案外すなおにお礼が告げられて調子が狂う。両肩をカシと掴まれてから少し間を空けて、背中全体に重みが圧しかかって来た。
「重い」
「うるさい」
「本当に女の子?」
「うるさい」
「男の子だったら、今回みたいに困る事はなかったのにね」
「……」
膝裏に手を入れて、来た道を歩き出す。この状況を否定したくて、はあと嫌味を含んだため息を当て付けた。
「女の子だって優遇されるけど、実際、女の子らしい所なんてあるっけ」
「総司はあたしをけなしたいの」
「もちろん」
「…………ね」
「何」
「総司は、どうしたらいいとおもう?…道場に通うの、止した方がイイかな」
一歩一歩、確実に試衛館へ近付く。その道のりは決して長くないけど、ゆったりした歩調が道のりを長くした。肩を掴む両手に力が入るのが分かって、真面目に聞かれてるのを悟る。
だけど、答えは決まってた。
「君の好きなようにしたらいい」
ぱっと、手の力がよわくなる。
「……いいの?」
「いいよ。何で聞くの」
多分、覗き込もうとしたのか。耳の傍でまるで珍しいモノを見付けたような口調で聞き返して来た。背負ってる体制じゃ奏は見れないから無言で続きを待ってると、ははっと短い笑いが耳を突く。
「…それじゃ来るなって、言うかとおもった」
……なるほど。まあ、たしかに選択肢の中にはあったけど真面目に聞かれてる事を考えたら何故か出て来なかった。
「別に、僕が指図出来る事じゃないし。出来るとしたら奏自身か、近藤さんだけなんじゃないかな」
「……そう?」
「そう。それとも、来るなって言ったら君は言う事聞くの?」
最近は声にするのに疲れて来て言わなくなったが、最初のころは「もう来るな」と何度言ったかわからない。なのに来るんだから、奏が言う事を聞かないって言う事には自信が有る。
返事を待ってるとそのうち風をきる音がして、首を横に振られたのがわかった
「…ほら、聞く気ない」
自信は見事に的中する。ずり落ちかけたから一度立ち止まって抱え直し、さっきより早い歩調で道を進んだ。
「……あはは」
「?」
「総司が優しい、気味わる…イタ!!」
「おとすよ」
――そこで、フと考える。
「おとしてから言うな!!」
「背負われてる身で背負ってくれてる人によくケンカ売れるね」
「売ってない!…何、被害妄想?かわいそう!」
「ちょっと。その哀れんだ目と言い方、すっごく腹が立つんだけど」
「…あ、また血が」
「…あーあ、どうしたのそれ」
「貴方がおとしたからですが」
「ええ?はは、嫌だなぁ。それこそ被害妄想じゃない?手が滑った、んだよ」
「随分握力が乏しいんですね」
「重い体重に耐えられなくて、ご免ね」
「「……」」
僕は何時から、奏と言う人間を語る事に対してこんなに自信を持ってるんだろう。