アネモネ

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 ――突然だが。自分だけのヒーローやキャラクターを考えて描いてみるという経験、誰でも1度はあるんじゃないだろうか。男の子なんかとくに、既存のヒーローを真似るだけじゃつまらないと、自作自演して遊んだ事があると思う。


「おまっ、これはねーよ!」

「えー!そんな事ないっスよ!!」


 オレはついさっき。授業中のひま潰しに、落書という方法でその遊びを楽しんでいた。


「うん、上手くはないよねー」

「ええー!」

「大体、授業中にそんなものを考えている事がおかしいのだよ」

「その通りだ。程々にしておかないと、次のテストで苦労するぞ?」

「……はーい」


 自分では傑作だと思ったのに。いいお言葉はもらえないどころか、注意を受けてしまう。第一、こういうものは画力よりも、デザイン力にかかっている。そこを評価してもらいたいもんだとパックジュースのストローを咥えていると、とんとんと肩を突つかれた。


「?どうしたんスか、黒子っち」

「このページの後ろに描かれているのって、魔法使いですよね?途中みたいですけど」

「わあ!いいよね、魔法使い!女の子の憧れだよ〜」

「あはは、桃っちの考えてる魔法使いとオレの考えてる魔法使いは違うと思うよ…」


 桃井の言う魔法使いとは『ひみつのユッコちゃん』とか『まじょまじょミドレ』とか、現代で活躍しそうな魔法使いの事だろう。ここに考えている魔法使いは、襲い掛かる魔物を倒すために火とか氷とか隕石をぶっ放すようなパワフルな魔法使いだ。思うようにいかなくて止まってるんスよねーと言うと、おもむろに青峰がペンを取った。


「任せろ。この魔法使いに足りねえのは…乳だ!」

「それ青峰っちの好みでしょ!オレの子を巻きこまないでほしいっス!!」

「うわオレの子とか、キモ」

「……」

「ねー。『タライ』とか、くだらない魔法も使えるようにしたらー?」

「じゃあ、回復魔法を禁術にしよう。その方が面白くないか?」

「…待て。回復したい時はどうする」

「平気だと思います、アイテムがありますから」

「あっ!回復アイテムの名前、『しょうどくえき』とか『レモンのはちみつづけ』っていうのはどう?」


 巨乳化という魔の手を逃れられたはいいものの…。あのマイペースな紫原や、一度は呆れていた筈の緑間と赤司も加わって。いつの間にか、皆この遊びにハマりはじめていた。
 今の発言も含めて、魔法使いの隣のまっさらなページがどんどん文字で埋められていく。許可も却下もされないまま書きこまれるから、どんな事を書かれているのか全く把握出来ない。「ちょ、オレのノートがあ!」と訴えたけど。どうせまともに使われる事はないからいいだろと言う言葉に、簡単に丸めこまれてしまった。

 それから、どれくらい経っただろう。


「昼休みが終わっても何をしているかと思ったら、授業のノートをこんなにしおって!没収!!」

「ああっ!オレのノートがあ!!」


 キセキの創作会は、担任の手によって呆気ない幕引きを迎えた。





 せっかくの集合傑作があ!とはじめは涙したものの。所詮、ひま潰しではじめたもの。放課後になってしまえばバスケの事しか考えられなくなり、正直、ノートの事なんかどうでもよくなっていた。次の古典の授業でかえして貰えるらしいが、あの時は燃えたっスねぇと言うくらいで、創作遊びの熱が再発する事はないだろう。
 担任による幕引きがなくても、所詮その程度のものだった。ものだった―


「…………え」


 ――筈、だった。
 あれから3日になる今、あのノートの事で頭がいっぱいだった。自分で描いたのにもう忘れかけている絵の輪郭を必死に思い出しながら、目の前の存在から目が離せない。
 夕方だと言うのに不思議と人通りはなく、まるで自分"達"だけが別の空間に放りこまれたんじゃないかと疑う静寂の中。絞り出すように「君」と声をかけると、その"存在"はくるんと目を丸くしてこちらを見た。

 うそだろ。

 ウソ。そう、夢だ。体は自分のものだけど、見えているものには全く現実味がない。でもだとしたら、今日のいつから夢を見ている?居眠りした覚えも、気を失う覚えも、今日は一度もない。だったらコレって……。

 その時。向こうから走ってきた車が、もう少し歩道に入れとでも言うようにクラクションを鳴らしていった。


「……って、えええええええ!?」


 直後。カコーン!という大きな音とともに、視界から"存在"が消えた。あわてて見てみると、くるくると目を回して気を失っている。どこから現れたのかは知らないが、傍にはタライがころがっており、気絶の原因だと見てとれた。……ん?タライ?『タライ』、って……。

 ――……ウソ。


「……皆あああああああああ!!」







 君と、出会いました。




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