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□やるべき事、出来る事
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 オレは、彼女を付きとばしてしまっていた。
 頼まれて、教室に飾る花を入れた花瓶を運んでいた彼女を、あの子をたすけるために。丁度階段の近くだったから、そのまま落ちて…。カシャーンという音は男子達のボールが硝子を割った音じゃなくて、花瓶の割れた音だったんだ。


「どうした、その荒れようは」


 その事件から2日後。朝練もサボって授業にも遅刻して出てくると、開口一番、真ちゃんは聞いて来た。


「……見りゃ分かんだろ。罰、だよ」

「……」


 頬は腫れまくって、口の中は今になっても鉄の味がきえない。妹に手当された箇所を叩くようにさすって声だけで笑うと、無言で前のオレの席の椅子を引きながら「座れ」と促された。対して、あまりの傷付きっぷりにクラスメイトは「大丈夫か?!」「保健室に居たら?」と声をかけてくる。でもその全てを無視して、自分の席に腰を下ろした。

 ……何、この程度で心配してくれてンだよ。


「兄貴サンからタコ殴り。気ィ失ったわ、さすがに」

「……。目の具合は?」

「…良くならないとは言わないけど、可能性は0の方に近いって。傷の付き所が、悪いんだとさ」


 事のあらましを話してから、真ちゃんの机に突っ伏した。何時もなら「人の机で寛ぐな」と叱られるが、今日は気を遣って何も言わないで居てくれる。本当は1人で居たいし誰とも居ない方がいいのかもしれないけど、この相棒にだけは、傍に居て貰いたい。

 もう、オレどうしたらいいのか分かんねーよ。
 相手が緑間真太郎だから、はじめて言えた台詞。付き合って貰って本当に申しわけないと思う。でも正直、もう1人で考えるのは…苦しくて。突っ伏した先に『今日も自己中エース様!』と数日前のオレが書いた落書が放置されていた。


「……今日の、お前のラッキーアイテムだ」


 コトッと傍にものが置かれる音がして、何だろうと顔を上げて見る。するとそこには、硝子の小瓶が置かれていた。何とまあ、おは朝は皮肉な結果を出してくれるんだろう。大きさは違えどそれは、オレのせいで彼女を傷付けた原因だ。オマケに「蠍座が1位だった」と伝えられ、ますます皮肉としかとれなくなる。真ちゃん何でそんなもんの信者なの(寧ろコッチの方が皮肉かもしれない)と言うと、答えは、全く噛み合ってない言葉で返された。



「高尾。人事を尽くせ」



 ……ハの字も、出ない。


「…その時の事を見ていた生徒達は、口々に『アレは事故だ』『高尾は悪くない』『元々、悪いのはボール遊びをしていた男子達』とお前を弁護した。だからお前は、その程度で居られている部分も有る。だがオレは弁護しない。何を言おうとお前の手で起こした事故には違いないし、弁護した事でのメリットとデメリットの間でお前が荒れるだけだ」

「……」

「高尾。お前に出来る事は、彼女に対して人事を尽くす事だ」


 人事を尽くす。緑間真太郎が毎日のように言っている言葉を、こんなに重いとかんじた事はなかった。と言ってもプレッシャーの類いではなく、何と言うか…言葉の持つ重さ、のようなモノだ。真ちゃんはそこまで言いおえると、受けとれと、放置していた小瓶を今度は目の前に突き付けて来た。


「…持っていろ。いつ"手放す"かは、お前次第だ」


 何となく、真ちゃんの言いたい事が解る。…コレは、『許し』と『戒め』のアイテムだ。辛い苦しい、もう嫌だと本気で訴えた時はたすけてくれる人がたくさん居るだろう。それは小瓶を手放し、『許し』を得た時で。一方は。あの日の事、自分の思い――なすべき事。それを忘れないため、小瓶を『戒め』として持ち続けて人事を尽くすか。…前者を"故意"にした時は、多分、相棒としての縁を断たれそうだと思った。

 小瓶に右手の人差し指からそっと触れて、ゆっくりと手の平に握り締める。ああ、今にも割れてしまいそうだ。


「……有り難う、真ちゃん。人事ってやつ、見付けてみるわ」


 少しなら手をかしてやると心なしか笑った真ちゃんに、なけなしの笑みが自然と浮かんだ。






やるべき事、出来る事

 この瓶には、何を詰めていこうか。



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