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□君のために
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 信じられないし、信じたくないし、信用出来ないだろう。それに、オレの申し出は嬉しい事でもない筈だ。償われるという事は、加害者と離れられない事だし。償われないも償われないわで、腑に落ちないだろうし。あともしかしたら、もしかしたら。オレの人生を奪う事になると、気に病んでいるかもしれない。…でもその全ては、"罪だから"だと思う。


「……高尾、君?」


 彼女を抱き締めた。男の中じゃそんなに大きくないオレでも、簡単に抱き締められるくらい小さい体。伝えようとしてる事は少しでも伝わり易いように、苦しくない程度に腕に力をこめた。


「…オレは何かしてやりたい、でもお前には苦しい事でしかない。じゃどうしたら?って、考えた」

「……」

「で、出た答えは…。罪だから悪い、じゃ『愛』ならどうかって」

「へ……?」

「…オレの考えた人事は、お前の未来(あした)を楽しくしてやる事。それには、過去を償う『罪』じゃダメだ。『罪』が有るから願う幸せでも、多分ダメだ。愛だから、幸せを祈る『愛』じゃねえと。勿論、自分がした事は忘れない。でも今日持って来たノートもこれからオレがしていく事も、幸せを祈っての『愛』だから」


 今はだまってしまっている安立サンが居るのは、彼女が心配だから。心配には『愛』が有る。オレのもそれと同じものだとかんじてくれる日を想いながら、ゆっくりと体を離した。…これを伝えるためにはたしかな意思表示が必要だと思ったからこうしたけど、少し極端だったかもしれない。俯き気味の彼女と目の高さを合わせようと動こうとしたら、凄まじい力で襟を後ろを引っ張られた。


「……何してんの?」

「(ヒィ―――!!)」

「つか、今の……告白?」

「……え?」


 その力は洒落にならない、安立サンまじでオレを殺ろうとしてる。首と襟の間に手を入れて辛うじて耐えていたら、次の言葉でうっかり力が抜けた。…そうかコレ、告白になるのか!今気付くとかねーわ!!やでも『愛』にもいろいろ有るわけで、安立サンの『愛』にオレの『愛』も近いんだけ、っ。首を締められてて何も言えない。耳が暑いのは、血が止まっているからかテレているからか…寧ろ両方か。まじで死ぬからと人の(しかも病人の)ベッドでのたうち回る事暫く――



「……宜しく」



 彼女が、右手を差し出していた。


「……篠原」

「……」


 でもそれはオレの方に向いてなくて、誰も居ない方に向いてる。これは気付かれないように身を乗り出して手を出した方向は間違えてないよとしてやるべきか迷っていると、安立サンがベッドに両手を付いた。


「何言って…!ノートも、プリンターも寄こして貰うだけでいいでしょ!?点字なら、あたしがいくらでも作るわよ!!」

「でも、パソコン苦手でしょ?」

「出来るわよ、スマフォなら!」

「美保」

「っ…」


 やさしく親友を宥める声に、鼓膜が震える。
 …ああオレは、こんな子とその周りの人達を傷付けたのか。何つうこった。
 くやしそうに俯く安立サンの手が、後ろ襟から放れる。漸くまともに吸えた息で「ゴメン」と最初に呟いてから、別の方に向いている彼女の手をとってオレの居る方に向ける。違う方に向けてしまっていた事に気付いた彼女は哀しそうになりかけたけど、きうううっと小さな手を握り締めて気を引いた。


「…任せとけって!楓ちゃん」


 オレはとても勝手な事をしてるし、無責任な事を言ってると思う。でもさ。でも、さ…。
 ニッとした筈の口から不意に力が抜けて、自分でも分かるくらい痙攣しはじめたから下を向く。ああまじでオレ、どうしようもない。とり繕うのに疲れたとか、ゆううつだとかじゃない(そもそも思ってもいない)。とにかく「宜しく」と言う彼女の声が何度も、何度も反響して胸の中をかけ巡る。

 彼女のもう片方の手がオレの手に重ねられた時、一粒だけ落とした涙と共に「有り難う」を吐き出した。







君のために

 『愛』を貰ったのは、オレの方だった。



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