Late confession

□03
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「斎藤君!」



 一度言葉を交わしてみたら、案外簡単に打ち解けられて。塾には学校の友達も居なかったし、彼―斎藤一を見付けては声を掛けるようになった。最初は嫌がられるかと思ったけど、いつも並んで座っている。



「あの、お話が…」

「…宿題の事か?」

「ウ、ウン」

「…解らない所を言え。ノートを見せただけでは、あんたのためにもならん」




 こういうやりとりも、定番化したと思う。宿題は家でして来いとこわいカオをしつつも、斎藤はいつもたすけてくれる。お陰で学力はメキメキと向上し、テストも上位をとれるようになった。

 と報告したら「自分の努力の賜ものだろう」とか言うんだから、とても出来た人間である。



「あ、そうだ!斎藤く……」



 宿題も片付けて、のこり時間を世間話でうめようと少し声が大きくなった…時。3つ離れた所に座っている男の子がこちらを振り返った、かと思うと前を向き直したのが見えて、言葉が止まった。

 ――あ。あの子も"サイトウ"って、苗字だったなあ。

 なんか気不味い。アッチも反応してしまった事に対してはずかしいだろうし、此方としても申しわけない。次からは気を付けようと思っていると、斎藤もそれを見ていたらしかった。



「…一でいい」

「え?」

「同じ苗字の者が居るなら仕方ないだろう。名前で呼べば、問題はないはずだ」




そうして出された提案に、また黙り込んでしまう。たしかにその通りではあるけど男子を名前で呼ぶなんて小学生
以来の事になる。いつも通りの無表情だから何とも思っていないのだろうが「ならお相子で、あたしの事も名前で呼んで!」なんてノリは湧いて来ず、気恥ずかしくなりながらも小さな声でその名前を口にした。




「…じゃあ、一君、で」




 塾に通いはじめたのは、3年に入って少ししてから。受験までの約1年間を通い続けれたのは自分で自分をホメたいくらいである。

 おかげでそんなに必要ない学力も付き、希望している学校にほぼ合格確定ラインで落ち着いた。それでも塾を辞めなかったのは、気を抜かないためと…塾でしか過ごせない時間を大事にしたいと思ったから、だろう。

 ――しかし、あと数日で塾も終わるというころの事。



「(運、悪いなあ)」



 インフルエンザにかかってしまった。塾を辞める日は決まっていたからそれまでは休みたくなかったのに、神様はイジワルだ…と言っても風邪がはやっている中、油断していたせいも有るけれど。



「ノート、返さないといけないんだけどな…」



 斎藤から借りているノートがあった。自分の手で「1年間有り難う」と言う意味も込めて返したいが、行って風邪を移してしまったら悪いし、何故来たと怒られるだろう。でも彼も近々塾を辞めると言っていたから気持ちが焦る。何日に止めるの?と聞いてなかった自分を責めた。

 そして、なんとか治して塾に行くと…。


「え、もう来ないんですか?!」

「うん。なんでも剣道やってるらしいんだけど、そっちの方で忙しくなるらしくてね」

「…そう、ですか…」



 結果、間に合わなかった。塾に来てもただ話をしていたから、ビックリするくらいお互いの連絡先を知らない。教えて貰おうかと思ったけど先生はあわただしく他の所に行ってしまうし、それに、なんでか聞く勇気も無かった。待ってよう、とは少しも思ってくれなかったのかな。借りたままのノートを目の高さに持ち上げて、はあと溜息する。借りたものは返すものだと厳しそうなのに、ホントにすっぱりと終えてしまうなんて。



「…返せるとイイなぁ、このノート」



 ……何時か、返せたら。



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