Lost Focus
□File01
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◇ひらり、うすべに
ひら、
ひら、り
ひ、らり
花弁の描く軌跡をなぞり、緩やかに動いた灰色。
それは、遠くの山の残雪のような、晴れた日にぽかりと浮かんだ白雲の底のような、鮮やかな色の虹彩だった。
きっかり、10枚目の花びらが乾いたアスファルトに落ちたのを見ると、彼女は中途半端な長さの髪を揺らして歩き出した。
ふわ、ふわ、と覚束ないその歩みは、どこか舞い落ちる花びらに似ている。
平日の朝。
彼女は通学・通勤途中の人々がせわしなく歩く道を避けていた
ふと、前方に見えた人影に、彼女は例によって方向転換しようとして、止める。
「・・・・・・?」
違和感。
好奇心と躊躇いの狭間で彼女の心が揺れ動いたのは、ほんの数秒のことだった。
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急に聞こえてきた言語に、リンはしばし動揺した。
〔・・・使って下さい〕
突然濡らしたハンカチを差し出され、かけられた言葉は中国語。
彼の母国の言葉だ。
驚いた余り、彼はまじまじと彼女の顔を凝視してしまった。
〔あの・・・屈んで貰ってもいいですか?〕
〔あ、いえ、自分で〕
〔そうですか〕
受け取ってしまったハンカチは淡い色の女物で、血で汚すのは躊躇われた。
しかし差し出した本人が立ち去ることなく自分を見守っているので、リンはありがたく傷を押さえて血を拭う。
〔病院は、まっすぐの所ですから・・・お大事に〕
それを見て、彼女は満足そうにひとつ頷くと、あっさり立ち去ってしまおうとする。
リンはあわてて呼び止めた。
〔あの、〕〔ぁ、〕
彼女はリンの声にかぶせるようにして声を上げ、少し振り返ると肩越しにリンを見上げた。
〔ハンカチ、は・・・病院に預けて下されば、後で自分で取りに行きますから〕
〔わ、わかりました。・・・ご親切に、ありがとうございました〕
真っ直ぐに自分を見据えたその瞳の色に驚き、リンは一瞬息を詰めながらも礼を言うことができた。
そのまま、ふわふわした足取りで去っていく彼女の中途半端な長さの髪を眺め、額の痛みでリンは我に返った。
「・・・、なぜ、わかったのでしょう」
彼が日本人でない証明も、中国人である保証も、目には見えないだろう。なのに、彼女はまるで当然のように中国語で話しかけてきた。
……いや、考え過ぎだろう、とリンは歩みを再開する。
ぴたりとあった目の色は灰、に少し青みがかったような色。大陸北部に見られる色彩だ。
顔の造作はアジア系だったので、ハーフだろう。グローバルなこの時代、珍しいことではない。
そして、そんな彼女がたまたま偶然中国人だったとも考えられる。
痛む額と左脚では、うまくまとめられずに、彼は反対方向へと歩いて行った彼女の背中を省みた。
((・・・もう、いないですね。名前を聞き忘れたのですが・・・病院で分かるでしょうか))